バナーラス風物詩(その10)
秋の収穫祭
ここはバナーラスのアッスィー・ガート、私が留学時代に住んでいた懐かしい場所である。写真の左上に見える菩提樹の巨樹は、ここで行なわれる宗教行事をいつも優しく見守ってきた。毎年カールティク月の白分第6日(11月中旬頃)には、ガンジス川に身を浸してひたすら祈る女性たちの姿が見られる。乾季が続き水位の下がった川は、身を切るように冷たい。
スーリヤ・シャシュティー(太陽神の第6日)、あるいは地元でダーラー・チャットと呼ばれるこの祭事は、サトウキビなどの秋の収穫祭である。五穀豊穣をもたらしてくれた太陽神とその姉妹シャシュティー(第6日の女神、チャッティー・マイヤーとも言う)へ、それこそ全身全霊で感謝をささげるのである。ちなみに、「第6日」の女神など古代の聖典ではあまり聞かないが、宇宙を構成する地水火風空の五大とともに大事な第6の元素なのだそうである。
4日間からなる行事の最初の2日間は、家中を浄め、神さまに捧げる小麦粉で作る特別のお菓子(プラサード)を準備したりする。とくに誓願者は斎戒沐浴をして、2日目の夜から断食に入る。いよいよ3日目の午後になると、サトウキビを肩に担ぎ、竹籠や箕(み)に神さまにささげる穀物、ココナッツ、果物、お菓子、花輪などたくさんの供物を入れて、ガンジスの岸辺にぞくぞくと人がやって来る。一家総出、一族郎党のお出ましである。
岸辺のそこかしこで、サトウキビを三叉に組んで女神を祀る祭壇を用意し、ココナツや線香で礼拝する光景が見られる。やがて日没が近づくと、女性たちは川に入っていって足腰まで水に浸かり、沈む太陽に向かってガンジスの聖水を捧げる。本来はそのまま日の出まで水のなかに佇んでいたのかも知れないが、現在は日没後にいったん家に戻り、縁起譚などを聴いたりして過ごす。夜中の3時ころに再び岸辺に戻ると、今度は水のなかで東向きに立ち、御来光を待つのである。
日の出とともに第4日目が明ける。最初に現れる「第6日の女神」の光を、ヴェーダ聖典でとくに尊崇される暁紅の女神ウシャス(ウシャー)と重ね合わせて考える人もいる。ウシャスは太陽神に先立って現れ、金色の光で暗黒を駆逐しつつ、万物を目覚めさせる。水平線から現れる一瞬の光を、太陽神本体とは別に、輝く衣裳をまとった舞姫に譬えた古代人の想像力には感服する。
この祭事では男女の別なく誓願者になれるのだが、実際は大多数が女性である。というのも子宝祈願、それも男児の誕生を願うための祭事でもあるからだ。ヒンドゥーの女性たちは夫や子供のために、水さえ喉を通さない過酷な断食をし、晩秋のガンジスの水に入り、ひたすら家内安全・無病息災を祈るのである。女神と太陽を拝んで誓戒を終え、紫色になった唇に歯をガチガチさせている女性たちに、夫たちができることは焚火を用意することくらいである。
更新日:2023.10.02