インドの神さまは今日も大忙し Ⅱ(その7)

世界を飛びまわる韋駄天カールティケーヤ
シヴァ神のもう一人の息子カールティケーヤは、ヴェーダ聖典にも説かれる由緒ある神さまで、スカンダともクマーラとも呼ばれている。仏教でも韋駄天として取り入れられ、南インドでもムルガンやスブラフマニヤという名前で絶大な人気を誇っている。このように世界各地に広まり多くの名前で呼ばれているのは、さまざまな信仰集団がしだいに習合していった結果だと考えられている。写真の韋駄天像は日本で作製されたもので、現在は外国の博物館で展示中である。
カールティケーヤの誕生については、習合を繰り返したこともあって、多くのヴァージョンがあるが、二つだけ紹介しよう。悪魔のターラカがかつて苦行をして、ブラフマー神をおびやかした。そこでブラフマー神は彼に二つの願い事をかなえて鎮めようとした。一つはブラフマーと同等に三界を支配する力を与えること、もう一つは、シヴァ神の息子を除いて誰にも打ち負かされないことである。その結果、ターラカは世界を支配することに成功した。神がみに残された道は、シヴァ神に子供をもうけてもらうことであったが、そのころシヴァ神は苦行にふけっていて、子供はもとより結婚する気配さえなかった。慌てた神がみはシヴァ神を結婚させようと策を講じた。
まずインドラ神がシヴァ神に愛に目覚めさせるようにしたが、まったく通じない。そこで愛神カーマに命じ、シヴァ神に愛情を起こさせる矢を放つようにした。その結果、シヴァ神はパールヴァティーとめでたく結婚することになった。さて、いよいよ子供である。生まれてくる子供しか悪魔の世界支配を止められないのだから、愛の営みは極めて重要な仕事である。しかし、シヴァ神はパールヴァティーと交わっているとき、うっかりと精液を外に出してしまった。火神アグニがそれを受け止めたが、あまりの熱さで、ガンジス川に落としてしまった。ガンジス女神はそれを葦の茂みに運び、無事に誕生したのがカールティケーヤである。やれやれである。
もう一つは、プレアデス星団の昴(六連星)に関係する神話である。シヴァ神の精液から六つの光線が発せられ、ガンジス川に落ちて六人の男児になった。それを六人のクリッティカー女神(六連星)が育て、のちにパールヴァティーによって融合させられ、六面十二臂の男子が誕生した。それでカールティケーヤの別名は「シャンムカ」(六つの頭を持つ者)とも言われる。
成年に達した彼には面白いエピソードがある。あるとき、ナーラダ仙が知恵の果実(マンゴー)をシヴァ神に与えた。シヴァ神は二人の息子に分け与えようとしたが、ナーラダ仙はそれはできないという。そこで、シヴァ神は息子たちに、世界を三回まわって先に戻ってきた者にこの果実を与えると約束した。カールティケーヤは自分の乗り物の孔雀に乗って勢いよく飛び出していった。一方のガネーシャは智慧を働かせた。世界とはとりもなおさず父母のことだから、二人のまわりを回ればよいと。さて、ようやくのことで戻ってきたカールティケーヤが両親の膝元に鎮座しているガネーシャを見て激怒したことは言うまでもない。褒美をガネーシャに取られたカールティケーヤは、カイラース山を去る決心をするのである。
さていよいよ、軍神となったカールティケーヤが悪魔を倒す日が到来する。彼は父・シヴァ神の軍隊の指揮官となり、母の足輪から生まれた九人の有能な武将を従えて、ターラカとスィンハムカ兄弟を殺戮し、頭領スラパドマに対峙する。スラパドマは多くの頭や手足を持つ巨大な姿となって立ち向かうが、敗北して海中に逃亡し三界を貫く巨大なマンゴーの木に変身する。それも両断されると、二つに分かれた幹はそれぞれ孔雀と雄鶏の姿になった。カールティケーヤはそれらをも攻撃して見事に悪魔の支配に終止符を打ち、孔雀を自分の乗り物とし、雄鶏を戦旗の印とした。
2012年3月、スリランカに多宗教共生の実態調査に行ったが、主な目的の一つはムルガン神の聖地カタラガマを尋ねることだった。ヒンドゥー教、仏教、イスラームの複合的聖地になっていて、日没後も大勢の信徒がアールティー(献火式)に集まっていた。北インドではカールティケーヤの妻はインドラの娘ともブラフマー神の孫娘とも言われるデーヴァセーナー一人だが、スリランカのムルガン神にはデーヴァヤナイとヴァッリという二人の妻がいる。デーヴァヤナイは、デーヴァセーナーに由来するのでアーリヤ系の女性である。それに対して、ヴァッリは部族長の娘なのだそうだ。インド洋に面したスリランカ南端の街で、カールティケーヤとムルガンはこうした形で習合し、土地の守り神となっているのである。
さらにタミル人をはじめとする南インド人が海外に移住していった各地にその崇拝は運ばれていく。マレーシアでは巨大なバトゥ洞窟の入口に高さ43メートルの黄金のムルガン神が結界を守るように屹立している。フィジーや南米のトリニダード・トバゴ、またアフリカの東海岸やモーリシャスにも足跡を残している。私がもっとも好きなのは、東北屈指の名刹善寶寺の山門(国の登録有形文化財)の韋駄天である。2007年12月24日、雪深い参道を上ってその力強い像を見上げた時、ああシヴァ神の息子がよくぞここまで来て山内を守っているのかと感銘を受けた。このように、ガネーシャが両親のまわりをうろちょろしているあいだに、カールティケーヤは名前を変えて人びとの願いを叶えるために今も世界中を飛びまわっているのだ。
更新日:2025.07.31