インドの神さまは今日も大忙し Ⅱ(その8)

両性具有のシヴァ神
この図像はいったい何だ、シヴァ神らしいが半身が女性になっているぞ、シヴァ神に何が起こったのだ、と戸惑う人が多いと思う。これは「両性具有の神」(アルダナーリーシュヴァラ)、すなわち、「半分が女性の神」と呼ばれるシヴァ神の姿の一つである。シヴァ神の配偶者については、ここ何回かでパールヴァティーをはじめ、サティー、ドゥルガー、カーリー、ウマー、カーマーキヤーなどの名前を挙げ、彼女たちの性格を書いてきたが、シヴァ神は究極の姿として、配偶者のパールヴァティーを自身の半身に取り込んでしまったのだ。
アルダナーリーシュヴァラの象徴的な意味は研究者によって多々考察されているが、やはりシヴァ神の力の根源にはシャクティ、すなわち宇宙の根源的な女性原理が存在するとして、具体的に男女が一体化した姿が構想されたものであろう。すなわち、男性原理と女性原理の統合である。さらには、憤怒と優美、静止と活動など、背反するものの統合をも象徴する。しかし、このような考えにいたるまでには、長い時間がかかったと思われる。
古代インドでは前1200年ころに編纂された神々への讃歌集『リグ・ヴェーダ』に見られるように、インドラ神を中心にした神話や儀礼体系をもつバラモン教が信仰されていたが、前2世紀前後にはバラモン教とは性格を異にするヒンドゥー教が、ブラフマー神、ヴィシュヌ神、シヴァ神の三柱を中心とする宗教へと変容していった。ヒンドゥー教の世界創造神話はバラモン教のそれを踏襲したものが多いが、生類の創造神話に関しては新たな展開が見られる。そもそも男性神によって世界創造がなされたと説かれれば、ああそうかと思ってしまうが、生類の創造はどうなのか。男性の一元的創造神からいかにして万物が生まれたのか、それは女性なしに可能なのであろうか。これには古代インド人もはなはだ困ったようである。
『リグ・ヴェーダ』には、双子の妹ヤミーが兄のヤマに対して、人類の創造のために兄妹婚を迫る話が出てくるが、結末は近親相姦のそしりを恐れてか説かれていない。『シュヴェーターシュヴァタラ・ウパニシャッド』には、男性原理プルシャが二つに分かれ、その二つが交わって生類が生まれたという説もある。しかし、納得のいく神話は現れなかった。そこで考え出されたのが、神さま自身が男女に分裂し、その両者が夫婦となって子孫を増やすという神話である。
アルダナーリーシュヴァラ神話を研究し博士論文にまとめた澤田容子さんによると、さまざまなヴァリエーションがあるものの、ブラフマー神による男女に分裂・合体して創造する神話が先行し、その役割をルドラ神(シヴァ神の前身、あるいは別名)が踏襲したとする。さらに、ルドラがシヴァ神へと変遷してゆく過程で、分裂した半身の女性部分にシヴァ神の配偶神としての性格が付与されるようになって、アルダナーリーシュヴァラ神話が確立したという。
ヴァリエーションのなかには、詳細はうろ覚えだが、ブラフマー神が男の子たちを生み出して、彼らに次世代の子供たちを創造するように託したが、彼らはまったく父親の要望に応えようとしなかった。それに怒ったブラフマーの額からルドラが出現して、そのあとの創造を行ったとか、アルダナーリーシュヴァラ神話には面白い話が満載である。
アルダナーリーシュヴァラ像のもっとも早い作例はクシャーナ(クシャーン)朝(紀元1~3世紀)に見られる。男女の合体という奇抜な構図はたいへん人気があり、二臂のもの、四臂のもの、さらには八臂のものまで、現在にいたるまで作り続けられてきた。アルダナーリーシュヴァラは男性と女性の統合ではあるが、よく見るとそこには男性優位の考えが散見される。インドでは身体の部位に関して、右側の方が左側に対して優位であるとされるが、アルダナーリーシュヴァラの像や図でも、一般的にシヴァ神の半身は右側に位置し、パールヴァティーの半身は左側に位置する。作例は少ないが、シヴァ神側が二臂で妃側が一臂という男性側の力がより強調されている像もある。そもそも「アルダナーリーシュヴァラ」(半分が女性のシヴァ神)という語自体が男性名詞である。妃が右に位置している図像もないことはないが、極めてまれである。そんなことを考えると、男性原理と女性原理の統合の象徴と考えられるアルダナーリーシュヴァラも、ジェンダーを超えた存在となるまでには、まだ道は遠いのかも知れない。
付記:「アルダナーリーシュヴァラ神話」に関しては、以下の論文が詳しい。
澤田容子『アルダナーリーシュヴァラ研究 ― プラーナ聖典における創造神話の構造分析 ― 』博士論文/東洋大学、2016.3.25:(「東洋大学学術情報リポジトリ」で参照可)
更新日:2025.09.02