バナーラス風物詩(その6)
ドゥルガーは最強の女神
バナーラスのガート(沐浴場)の石段の上方には、インド有数のマハーラージャの別邸であった豪壮な建物が連なっている。その広い壁面が今や若いアーティストたちの腕を磨く格好のキャンバスになっている。大きな眼で我々を見つめているのは、シヴァ神の妃ドゥルガーだ。
彼女の誕生はいろいろな意味で劇的である。神がみと悪魔の戦いがつづくなか、神がみが劣勢になったときに、男性の神がみが総力を挙げてドゥルガーを創り出した。インドラやヴァルナなどの古来の神がみやシヴァやヴィシュヌといった民衆のあいだで篤い崇拝を集める神が空中に光を放つと、それは燃えさかる球となり、そこから女神が現れ出た。
神がみは彼女にそれぞれの持つ武器と威力を授けた。シヴァは三叉の戟(げき)トリシュールから新たな三叉の戟を造り、同様にヴィシュヌは円盤状の武器チャクラを造り、ブラフマーは水壺、インドラは雷を、といった具合に、多くの神がみが力を与え、彼女は一世を風靡していた水牛の姿をした悪魔マヒシャースラを倒すことに成功する。そればかりではない。ドゥルガー女神はほかの悪魔に対しても次々に攻撃をしかけ、時には自らの額から憤怒の相であるカーリー女神を生み出して粉砕する。
悪魔たちに手も足も出せなかった男性神に対し、彼女の存在感は圧倒的である。ふがいない男たちが方針も定められずに右往左往するなかで、トラに跨った女神が颯爽と登場するのだから、溜飲が下がるとはまさにこのことである。壁面に書かれた、「すべての女性は神である」 (every woman is a goddess) という一見何の変哲もない言葉も、実はあらゆる局面で男性の支配に限界を見た古代インドの人びとがたどり着いた最終的な至高の叡智のようにも思えてくる。
このように絶大な人気を誇る女神を祀って、春と秋とに九日間ずつナヴァラートラ祭(九夜祭)が開かれる。面白いのは、春祭りの九日目はラーマ神の生誕祭と重なり、秋祭りでは九日目に盛大なドゥルガー・プージャー(礼拝)が行われた翌十日目にラーマ神が悪魔ラーヴァナに勝利した祭り、ヴィジャヤー・ダシャミーが祝われる。シヴァ神の妃であるドゥルガーがヴィシュヌ神の化身であるラーマに対しても、救いの手を差し伸べているのである。やはりドゥルガーは最強の女神なのだ。
付記:「ナヴァラートラ」という表記はサンスクリット語にもとづく伝統的な呼び方で、現代インドでは「ナヴァラートリー」の方が多く使われている。意味は同じ「九夜祭」である。
更新日:2023.06.01