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インドの神さまは今日も大忙し Ⅲ(その6) 最終回

©Matsumoto Eiichi

生命の樹

前回は天界を流れるガンガー(ガンジス)川がどうして地上に降りてきたのかの理由を書いた。偉大な聖仙カピラに対して罪を犯して灰にされた祖先の王子たちの罪障を浄めるためには、ガンガーの聖水に触れさせる必要がある。それで何世代かのちの子孫であるバギーラタ王が苦行してガンガー女神に天界からの降下を祈願するという神話であった。それをもってこの連載を終了する予定だったが、ガンガー女神をめぐる面白い話はまだまだ多いので、もう少しだけ書かせていただいたあと、このエッセイをまとめたいと思う。

ガンガーはいったんシヴァ神の頭上に降りたあと、そこからヒマーラヤの山中に降り立つのだが、王子たちの遺灰があるのは遥か東の大海(ベンガル湾)のそばにあるガンガーサーガルである。それゆえバギーラタ王が戦車に乗り、ガンガー女神を先導して進むことになった。ガンガーの流れはそのままヒンドゥー教の東への伝播をも表わしている。ハリドワール、プラヤーグラージ、バナーラスを経たあと、前回お話ししたようにジャフヌ仙の祭場を破壊したことで飲み込まれてしまうが、バギーラタ王の懇願によって耳から抜け出ることができ、さらに行進してようやくインド亜大陸の東端にたどりついた。ガンガーサーガルとは、ガンガー川がサーガル(海)と出会う処であり、バギーラタ王はガンガーの聖水でようやく先祖の罪障を洗い浄め、天界に送り届けることができたのである。

私は留学時代の7年間ガンガーの岸辺で暮らしていたが、ガンガーが地上に降下したといわれるジェーシュタ月(5~6月)第10日の「ガンガー・ダシャハラー」(10の罪障を払うガンガー女神)の祭日や、またジャフヌ仙から再生したヴァイシャーカ月(4~5月)第7日の「ガンガー・サプタミー」(ガンガー女神の第7日)は、沐浴する人たちで岸辺が溢れかえっていた。ガンガー女神はヒマーラヤ山の娘であるが、バギーラタの娘(バーギーラティー)とも、ジャフヌ仙の娘(ジャーフナヴィー)とも呼ばれ、またシヴァ神には「ガンガーを〔頭髪に〕保つ者」(ガンガーダラ)という別名もある。このように見てくると、ガンガー女神がいかに人間にも聖仙にも神がみにも愛されているかがわかる。

インドには紀元前1200年ころに編纂された『リグ・ヴェーダ』をはじめ数多くのヴェーダ聖典があり、神がみに捧げる讃歌や儀礼の儀軌が説かれている。しかし、ガンガーの聖水があらゆる人の罪障を浄め解脱をもたらすという考えは記されていない。西方から来たアーリヤ人たちは紀元前600年ころまでにはガンガー中流域まで進出したと考えられているが、そこにはすでにさまざまな先住民が暮らしていた。アーリヤ人の儀礼中心の宗教は、次第に先住民の信仰と融合して、宗教の様相が変容していく。ガンガー崇拝はそのような融合の象徴であり、現在のヒンドゥー教の教義の根幹をなしているのである。

今回掲げた写真は、デリーのクラフト・ミュージアム所蔵のドクラの「生命の樹」(The Tree of Life)である。ドクラとは、インド東部や中部の先住部族の人たちに伝わる金属鋳造技術(ロストワックス法)のことで、彼らの信仰や世界観がなんともあたたかく表現されている。この世界には多くの人が暮らしている。その「生命の樹」のなかで人が生まれ死んでいく事実に関しては、宗教の隔てはない。現身の川としてガンガーが誰にも分け隔てなく恵みを与えるように、インドはすべてのインド人によって支えられている。「生命の樹」はその象徴のように思える。


付記:松本榮一さんとの写文集は今回が最終回となります。約3年半にわたり、「バナーラス風物詩」(全12回)と「インドの神さまは今日も大忙し」(Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ:全28回)をお読み下さり有難うございます。松本さんには毎回素晴らしい写真を選んでいただき感謝のしようもありません。それらの写真にうまく文章を載せられたか心配です。また構成の段階から五十嵐祐子さん(オメガ・コミュニケーションズ)にはいろいろとご相談にのっていただきました。この場をお借りして感謝申し上げます。(2026年6月4日)

文:© 宮本 久義(Hisayoshi Miyamoto)

写真:© 松本 榮一(Eiichi Matsumoto)

※文および写真の転載を禁じます。

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更新日:2026.06.04

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