インドの神さまは今日も大忙し Ⅲ(その5)
あらゆる罪障を洗い流すガンガー女神
ガルワール・ヒマーラヤと呼ばれる一帯に源をもつガンジス川は、氷河の舌端にあるゴームク(牛の口)と呼ばれる放水口から奔流となって南下し、インド北部の平原にいたると、そこからはゆったりと西から東に流れ下る。長さは約2500キロメートル。途中には数多くの聖地を擁し、たくさんの支流が合流し、また分岐していく大河である。サンスクリット語やヒンディー語ではガンガーと呼ばれ、神格化されたガンガー女神は天界・地上・地下の三界を流れる川であるとされる。ヒンドゥー教徒にとって、ヒマーラヤとガンジスは、日本人にとっての富士山に等しい心のふるさととなっている。
ヒンドゥー教の神話では、ヒマーラヤ(あるいはヒマヴァット、ともに雪を蔵する所の意)は山の神という男性神として考えられている。ヒマヴァットはメーナー(あるいはメーナカー)を配偶者とし、二人のあいだにパールヴァティー(山の娘の意)とガンガーの姉妹をもうけた。パールヴァティーはシヴァ神と結婚してガネーシャ(象頭神)と軍神スカンダ(カールッティケーヤとも)の母となった。写真はバナーラスのダシャ・アシュヴァアメーダ(十の馬祀祭)という名のもっとも中心部の沐浴場にある取水塔に描かれたガンガー女神である。ヒマーラヤを背景に、ガンジスの聖水の入った壺を持ち、ワニに似た海獣(マカラ)を乗り物としている。
出自に関してはほかにもいろいろな話があって、ヒマヴァットとメーナーの子供がマイナーカとパールヴァティーの男女二人という神話や、長女がアパルナー(別名ウマー,しばしばパールヴァティーと同一視される)、次女がエーカパルナー、三女がエーカパータラーという三人姉妹の神話もある。パールヴァティーは長じてシヴァ神と結婚するが、ガンガーはどうだったのだろう。叙事詩『マハーバーラタ』では、反目する親族のそれぞれの長、ドリタラーシュトラとパーンドゥ兄弟の継母となっているが、ほかの多くの神話では誰かの妻になっているという話はなさそうである。また、ヒマーラヤで生まれたガンガーがどうして天界を流れるようになったのかもわからない。とにかくガンガーをめぐってはまだまだ謎が多いのである。
ヒンドゥー教徒はガンジス川の聖水に触れれば、あらゆる罪障が浄化されると考え、その流域の聖地には毎年多くの巡礼者が訪れる。もとは天界を流れる川であったものが、地上に降下した理由は、叙事詩『マハーバーラタ』や『ラーマーヤナ』などに語られる次のような神話による。北インド中原の国アヨーディヤーの王サガラには6万人の息子がいた。息子たちは国家の繁栄を祈願する馬祀祭の馬を護衛するよう命じられたが、不注意から馬が行方不明になってしまった。父王にすぐに探すよう命じられた息子たちはようやく地下界で馬を見つけたが、そばにいた聖仙カピラを馬盗人と思って攻撃した。修行を妨げられて怒った聖仙は、その眼光で彼らを焼き尽くしてしまった。息子たちが灰のまま地下界に閉じ込められているのを悲しんだサガラ王は、孫のアンシュマットをカピラ仙のもとに遣わした。カピラ仙は、彼らを復活させるには天界を流れるガンガー女神を地上に降下させ、その水で浄めなければならないとの言葉を残して去ってしまった。
幾世代かが過ぎバギーラタが王位を継ぐと、彼はヒマーラヤ山中に分け入り、ガンガー女神に祈りを捧げた。長年にわたる厳しい苦行がようやく実を結び、ガンガーは地上に降りることに同意した。ただし天界から勢いよく飛び降りると地上が混乱するというので、シヴァ神の頭上で受け止めてもらうこととした。ようやく話がまとまり、天界から降下してきたガンガーをシヴァ神が頭髪で受け止めると、ガンガーはそこから7つの川にわかれて地上に流れはじめた。ガンガー女神が生きとし生けるもののあらゆる罪や汚れを浄化し、よりよき再生を約してくれるという信仰はこの神話による。
シヴァ神はガンガー女神の願いを聞き入れたが、こまっしゃくれた少女をちょっと困らせてやろうと考えた。そこで、頭髪のなかを迷路のようにして、すぐには地上に降りられないようにした。それが数万年だというから、神さまの世界にわれわれの想像が及ぶわけがない。もちろん最後には七筋の川となって地上を潤すことになるのだが、まだすんなりとはいかなかった。その流れが供儀を行っていたジャフヌ仙の土地に洪水をもたらし、怒ったジャフヌ仙が流れを飲み尽くしてしまうのである。ようやく許されたガンガーの水は聖仙の耳から勢いよく流れ始めたという。やれやれである。
更新日:2026.05.01