インドの神さまは今日も大忙し Ⅲ(その2)
ヴィシュヌ神の世界が広がる祭壇
たいへん可愛らしい祭壇である。北西インドのラージャスターン地方の一部で使われているもので、現地では高さ50センチを超えるものもあるが、写真の祭壇は高さ20センチほどのお土産品である。ラージャスターニー語でカーワル(kāvaṛ)と呼ばれ、本来は絵解き師(カーワリヤー)が、亡くなった人のいる家に赴いて、故人の冥福やその家族の安寧を祈って法話をする際に使用するのだそうだ。日本にも絵解きの伝統があり、これは「絵解き厨子」とも言われている。施主の家に着くと、絵解き師は布で丁寧に包まれた祭壇を取り出し、いざ御開帳となる。
正面上部には立派な黒髭をたくわえた太陽神の顔があり、下部にはクリシュナ神が横たわっている。写真では見えないが、閉じられているときの左右の扉には、門神が一体ずつ描かれ、内陣を守っている。絵解き師は扉を一枚ずつ開けながら神さまの勲功やご利益を語っていく。上の写真はすべての扉が開かれた状態になっているが、その裏にも絵が描かれている。ちなみに門神の扉は、向かって右側の扉の裏側にあって、それも開閉できるようになっている。絵をパネルとして数えると、大パネルが8面、小パネルが8面ある。
パネルは漫画のコマ割りのように分けられ、さまざまな神話の場面が描かれている。門神の扉を開けると、上部にはヴィシュヌ神が横たわっていて、そのそばに妻のラクシュミーが侍っている。ヴィシュヌ神のヘソから蓮の茎が伸びていて、花弁の上には小さなブラフマー神が座っている。これはヴィシュヌ神が世界の創造をほぼ行ったあと、残りの創造をブラフマー神に託す場面である。というより、ヴィシュヌ神が自分こそ真の世界創造神であるとして、ブラフマー神に対してマウントを取っているのである。下段にはあらゆる障碍から私たちを守ってくれるガネーシャ神が鎮座している。そのほかのパネルは、ヴィシュヌ神の化身であるクリシュナとラーマのよく知られた神話で埋め尽くされている。
クリシュナ神話は、監獄で生まれたばかりのクリシュナを、父のヴァスデーヴァが悪王カンサに殺されないよう、箕(み、竹製の農具)に乗せて、ほかの場所に移すという誕生秘話に始まり、幼いクリシュナが次々と悪魔に命を狙われる場面や、川で沐浴している牛飼いの乙女たちの衣服を隠す青年期のプレイボーイぶりを発揮する場面などが簡潔な筆致で描かれる。コマ割りを一枚一枚見ていくと、絵解き師の語りまで聞こえてくるようである。
ラーマ神話も幼年期から始まる。父王ダシャラタを中心に、三人の妃と四人の王子たちの全員集合の場面、そして聖仙ヴィシュヴァ―ミトラに連れられて森で悪魔退治をする青年期のラーマと弟のラクシュマナ、その途中に訪れた国でラーマが結婚相手のスィーターと出会う場面などが続く。さらに扉を開けると、ラーマたちの森での生活に移り、いよいよ悪魔の頭領ラーヴァナの登場である。ラーヴァナはスィーターを誘拐してランカー城の一画に幽閉するが、猿将ハヌマーンが空を飛んでラーマがすぐに助けに来るという伝言を届けに行く。すべての扉を開けると、最奥の胎室にラーマ、スィーター、ラクシュマナの御神体が現われるので、家人は亡くなった家族が輪廻の大海から救われるよう神さまにお願いするのである。
「カーワル」という言葉はヒンディー語圏で使われている「カーンワル」(天秤棒)に由来するようだ。北インドでは毎年雨季に、ガンジスの聖水が入った壺を天秤棒で担いで、シヴァ神を祀るバイディヤナート寺院に運ぶ熱狂的な祭りがおこなわれる。元々の神話では悪魔ラーヴァナがシヴァ神の象徴であるリンガを運ぶ話だったのだが、いずれにせよカーンワルは聖なるものを運ぶ法具である。それが北西インドでは、運ばれる祭壇の意味に用いられるようになった。こんなに小さな祭壇一つで、絵解き師は家庭のなかにヴィシュヌ神の宇宙を広げることができるのだ。
付記:「カーワル」の語源などに関しては、次の論文を参照した。
Aleksandra Turek, The Rājasthānī Kāvaṛ: a pilgrimage in sacred space and to the past, in: Maria Angelillo (ed.), Lo spazio dell’India. Luoghi, collocazioni, orientamenti e
trasposizioni, Quaderni Asiatici, Centro di Cultura Italia-Asia, Milano, 2013, pp. 139-151.
更新日:2026.02.13