インドの神さまは今日も大忙し Ⅱ(その3)

蓬髪の荒ぶる苦行者シヴァ神
シヴァ神はヒンドゥー教のなかでヴィシュヌ神と勢力を二分する強力な神格である。もともと暴風雨の神であったものが、民間信仰のなかで篤く崇拝され、次第に破壊と再生を司る最高神となった。その出自を反映してか、荒ぶる性格を持ち、蓬髪で首には蛇を巻き付け、三叉の武器トリシュールを携えている。この神の溢れんばかりのエネルギーは、その信仰形態によくあらわれている。信者はリンガと呼ばれる屹立した男根形の石を拝むのである。日本では性器崇拝は表の場所ではほとんど影をひそめてしまったが、インドでは豊穣多産の象徴にとどまらず、宇宙の根源的力として崇拝されつづけている。
写真に挙げたのは、西インドのエローラ石窟寺院第29窟(7~9世紀頃)のシヴァ神とその妃パールヴァティーの浮彫である。二人の下にいるのはお馴染みの十面二十臂の悪魔ラーヴァナで、鬱屈した不満を爆発させてカイラース山を揺るがしたので、驚いたパールヴァティーがシヴァ神に助けをもとめ、シヴァ神が悪魔を閉じ込めた場面である。このあとラーヴァナが何万年も苦行を捧げて許しを乞い、とうとうシヴァ神から恩恵を受けることになったのは、前に書いたとおりである。
ヴィシュヌ神はインド各地の民間信仰を吸収して、十あるいはそれ以上の化身(アヴァターラ)の姿で、人民を救済するという仕方で勢力を拡大していったが、シヴァ神は各地の女神が自分の妃であるという、ヴィシュヌ神とはまったく異なる方法で勢力を増大した。シヴァ神の妻として、サティー、パールヴァティー、ウマー、ドゥルガー、カーリーなどの名が挙げられるが、基本的には同一視されている。
まずはサティーにまつわる神話を見てみよう。サティーの父親ダクシャは、大きな供儀祭にあらゆる神々を招請したのに、シヴァ神だけを呼ばなかった。サティーは夫が冷遇されたことを悲しみ、焼身自殺を遂げてしまう。それを知ったシヴァ神はダクシャのもとに行って斎場を破壊し、妻の体を担いで悲しみのあまり放浪する。すると世界が揺さぶられ壊れそうになったので、人々がヴィシュヌ神に救済を頼んだ。ヴィシュヌ神がシヴァ神の担いでいるサティーの体を、円盤状の武器チャクラで切り刻むと、シヴァ神はようやく正気に戻った。サティーの体が多くの部分に分かれて地上に落ちた場所は51か所の「女神の座」(シャークタ・ピータ)と呼ばれる聖地となって、今でも多くの巡礼者を集めている。
サティーの神話にはヒンドゥー教のパンテオンにおけるシヴァ神の立ち位置が如実に表れている。ダクシャはブラフマー神の息子で、アーリヤ系の神々の系譜に属する。一方のシヴァ神は先住民の民間信仰のなかで崇拝されていた神である。蓬髪で首に蛇を巻き付け、トラの皮の腰巻をつけていたり、百鬼夜行の妖怪のような眷属を引き連れていたり、そもそもリンガが崇拝の対象にされるなど、アーリヤ人にとっては耐えがたいことだったろう。それでも、シヴァ神信仰はアーリヤ系のなかにも浸透し、人気を高めていくのである。
サティーの生まれ変わりといわれるのがパールヴァティーである。「山の娘」という意味で、ヒマーラヤ山とメーナー(あるいはメーナカー)とのあいだに誕生した。幼い頃よりシヴァ神への思慕を募らせ、苦行に励んでいるシヴァ神のそばに行くが、なかなか振り向いてもらえない。そこで愛神カーマが彼女の助っ人になり、シヴァ神に愛の矢を射かけたが、シヴァ神は瞬時に第三の眼を開き、その閃光で愛神を灰にしてしまった。パールヴァティーやそこに来ていた愛神の妻ラティも驚き悲しんだが、一番驚いたのはシヴァ神自身かも知れない。結局シヴァ神はパールヴァティーを妻として受け入れ、ラティとパールヴァティーの懇願により、愛神カーマに再び体を戻してあげるのである。
パールヴァティーは妹ガンガー(ガンジス川)との二人姉妹であるが、ヒマーラヤ山とメーナー夫婦の別ヴァージョンの神話では、ウマー(別名アパルナー)を長女とする三姉妹となっている。パールヴァティーはウマーと同一視されることが多いが、いずれの神話でも、この二人はシヴァ神妃のなかでも美しく優しい性格を持った女神として描かれ、シヴァ神との愛のエピソードも多く語られている。シヴァ神は破壊の神という恐ろしい側面ばかりが強調されがちだが、ラーヴァナにおびやかされた時もしっかりと右膝の上で抱きしめ、恐怖を取り除いてあげたように、本当に妻思いの神なのである。
更新日:2025.03.07