インドの神さまは今日も大忙し(その10)
ラーマの宿敵はシヴァ神の熱烈な信徒!
人生ほんとうに何が起こるかわからない。コーサラ国王ダシャラタの王子であらゆる美徳を一身にそなえたラーマに、立太子式の前夜、予想もつかない出来事が起こった。ラーマの継母、すなわちダシャラタ王の第二夫人が王様に対して、かつて自分が王をお助けした時に二つの願いを叶えてくださると約束され、その時にはのちほどと答えていたその約束を今果たしてほしいと迫ったのだ。その願いは、ラーマを14年間森に追放し、自分の息子バラタを太子の位に即けてほしいというものだった。
ダシャラタ王はその申し出にうろたえたが、武士に二言無し、と即座に受け入れた。その時のラーマの振る舞いはまさに理想の男子そのものである。すべてを受け入れ、翌朝放浪の旅のために木の皮などの衣服に着替え、父王と母はもとより継母たちにも丁寧に別れの挨拶をして森へ出立するのである。その後、嘆きの部屋に閉じこもってしまったダシャラタ王は、しばらくして失意のうちに身罷ってしまう。
妻スィーターと異母弟、すなわち第三夫人の子ラクシュマナをともなって森で暮らしているラーマの許に、バラタは大臣たちとともに訪れて、国に帰って王位を継いでほしいと願い出る。このバラタも実に理想的な人物である。自分の母がこの奸計を思いついたのは、実は悪魔にそそのかされてのことだったが、兄のラーマを尊敬するバラタは、父王の薨去に際しても、自分が即位することを拒み、わざわざ森の中まで兄を迎えにきたのである。ラーマは父王に約束した14年が終わるまでは帰還できないとして断ると、バラタは兄の履物を頂戴して国に持ち帰り玉座に安置すると、自分は国民に誤解されぬよう、他の土地に蟄居してしまうのである。
ラーマとスィーターとラクシュマナはダンダカの森に残り、そこに棲む魔族を退治していたので、悪魔の頭領ラーヴァナは怒ってスィーターを誘拐し、ランカー島にある都城に幽閉してしまった。今回の写真はバナーラスの土産物の木製人形で、けっこう真面目そうな顔をした悪魔である。ラーヴァナは10の顔を持っているはずだが、人形師がバランスを考えたのか9個になっているところが何とも微笑ましい。この魔王ラーヴァナ、実はシヴァ神の熱烈な信徒だったのである。
話は遡るが、ラーヴァナは世界征服の野望を秘めてシヴァ神の棲む北方のカイラース(サンスクリットではカイラーサ)山に赴き、麓で苦行に専心した。するとその苦行から生まれた力で山が振動したので、シヴァ神妃のパールヴァティーが、シヴァ神にそれをやめさせてほしいと懇願した。シヴァ神はラーヴァナの苦行をやめさせるため、彼の願いを渋々聞き入れてしまうのである。神々にも悪魔にも殺されない体にしてほしい、それと世界一美しい都城を造ることを許可してほしいという二つの願いである。
いったんお墨付きをもらったら、あとはこっちのものと言わんばかりに、ラーヴァナは暴走を始める。悪い意味で一世を風靡した悪魔に困惑した人びとは神々に救済をお願いする。すると神々はさらに彼らの相談役であるブラフマー神に庶民の陳情を届ける。ブラフマー神としては、悪魔にお墨付きを与えたシヴァ神に取り締まりを頼むわけにはいかないので、最終的にヴィシュヌ神に依頼するわけである。ラーヴァナはシヴァ神から、神々にも悪魔にも殺されない体にしてもらっている。だからヴィシュヌ神自身が悪魔退治に向かうことはできない。そこでヴィシュヌ神は人間の姿のラーマとしてこの世に光臨(アヴァターラ)してくるわけである。
狂言師野村万斎の「間違いの狂言~ややこしや~」という曲のなかに、「わたしがそなたで、そなたがわたし。そも、わたしとはなんじゃいな。ややこしや、ややこしや。ややこしや、ややこしや。」という歌詞がある。ラーマは人間として誕生したあとは、神様としての力を封印して人間として振る舞わなくてはならない。妻が悪魔にさらわれても、徒歩で探し回るしかなく、ランカー島に監禁されていると知っても、橋を造って攻め込むしかない。神様なんだからすぐにやっつけてしまえばいいのにと思うのだが、「ひとりでふたり、ふたりでひとり。ややこしや、ややこしや。ややこしや、ややこしや。」、物語は約束事を守って続いていくしかないのである。
更新日:2024.10.01