インドの神さまは今日も大忙し(その1)
宝船がやって来た
明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願い申し上げます。これは縁起物の宝船、今晩はぜひ枕の下に忍ばせて、楽しい初夢をご覧になって下さいませ。と言いたいところだが、乗っているのはどうも七福神ではなさそうだ。風にはためく幔幕には、円盤状の武器チャクラと法螺貝を持った神さまを中心にして、数人の神さまが描かれ、さらには亀やらライオンやらイノシシのような顔も見える。
そう、これはインド中部の聖地バナーラスでのお祭りの光景で、ヴィシュヌ神の十柱の化身が勢ぞろいしている姿なのだ。世界に悪魔が現れ、危難に瀕したときに、人びとを救うためにいろいろな姿を取って現れるヴィシュヌ神は、今日も大忙しなのだ。ちなみにこの船を所有する旧藩王(マハーラージャ)は、この街の人びとからシヴァ神の化身とも考えられているので、深読みすれば、まさに二大神が協力して世界を守護している姿を、私たちは目の当たりにしていることになる。
化身のラインナップは実にユニークだ。マツヤ(魚)、クールマ(亀)、ヴァラーハ(野猪人身)、ナラスィンハ(獅子面人身)、ヴァーマナ(少年僧)、パラシュラーマ(斧を持つ聖仙)、ラーマ(『ラーマーヤナ』の主人公の王子)、クリシュナ(『マハーバーラタ』で重要な役割を果たす英雄神)、ブッダ(仏教の開祖)、カルキ(カルキンともいい、末世に白馬に乗って登場する神)。これら十化身を、魚類から始まる人類の全進化形と考える人もいる。世の中にはどのような苦しみがあるかわからない。そのすべてに対処するためには多くの化身が必要となるわけだ。
日本の七福神もヴァラエティーという面ではインドの十の化身に負けてはいない。右手に釣り竿を持ち左脇に鯛を抱える恵比寿さまは日本の神道代表だ。福禄寿と寿老人は中国古来の道教の神仙たち、太鼓腹で有名な布袋尊は仏教僧で、これら三柱は中国からのお出ましである。そして、大黒天、毘沙門天、弁財天は遠くインドからわざわざ日本まで福をもたらすためにやって来た。出自も宗教も異なる神々が力を合わせる姿は、まさにメジャーリーグ級といってもよい。
インド起源の大黒天は破壊と創造の神シヴァの別名であるが、日本に来るまでに性格も像容も変わって、今では大きな袋を肩に担ぎ、米俵の上に立つ優しい神さまになっている。弁財天は、元来は人びとが川辺などで行なわれる儀礼がつつがなく終わるよう拝んだ弁才の女神であったものが、中国で財神の要素が付け加わった。毘沙門天も、紀元前のはるか昔から崇拝された財宝神クベーラが、時代を経るにしたがって仏教の四天王となったもので、数奇な運命をたどって日本にやって来た。
インドの十化身と日本の七福神の共通点は多神教の神がみであることである。ヒンドゥー教では神さまの数は古来三十三神、あるいは三千三百三十九神といわれるが、これは日本の八百万の神と同じで、非常に多くの神さまがいることを表している。世界にはこれと反対に一神教を奉ずる宗教もある。一柱の神さまが絶大な力を集約しているからこそ、人びとを救えると考える。どちらの考えでも、神さまが私たちに幸福をもたらしてくれる存在であることに変わりはない。さて、難しいことはあとにして、今夜はまずは宝船を枕に、素敵な初夢を見ることにしよう。
更新日:2024.01.01