インドの神さまは今日も大忙し(その11)
空飛ぶ猿の武将ハヌマーン
魔王ラーヴァナはラーマの最愛の妻スィーターを誘拐し、飛行する乗り物に乗せてランカー島へ向かった。これを機にラーマの物語は新たな局面に突入する。天空で魔王に遭遇した巨大な禿鷲ジャターユスが、魔王の行く手を阻もうと果敢に挑んだが、かえって羽を斬られて墜落してしまう。地上で息も絶え絶えのジャターユスを見つけたラーマたちは、彼の口から魔王が南に向かったという情報を得て、自分たちも南下してキシュキンダーの森に到着する。
ちなみに、ラーヴァナの乗り物はプシュパカという名で、もとはブラフマー神の所有物であったが、ラーヴァナの異母兄で財宝神のクベーラが熱心に苦行に励む姿を見て、ブラフマー神が彼に与えたものであった。ラーヴァナはそれを妬んで盗み取ってしまったのだ。私はプシュパカという名前が、プシュパ(花)の派生語なので、多くの花に飾られた飛行船を想像していたが、実際は太陽神の光線のかけらを集めて建造神ヴィシュヴァカルマーが造った黄金の馬車で、それを曳くのはなんと驢馬なのである。
ピーターパンの夢のような飛行船の姿を想像していた人には申し訳ないが、ハリー・ポッターの映画でも自動車が空を飛ぶし、驢馬に曳かれた馬車(いや驢馬車か)はちょっとカッコ悪そうではあるが、まばゆく輝く黄金製なので、さぞかし立派なものだったのだろう。プシュパカのほかに、ヴィシュヴァカルマーが太陽神のかけらから造ってブラフマー神に寄進したものは、円盤状の武器チャクラ、三叉の戟(げき)トリシューラ、シャクティ(力)とう名の長槍で、のちにブラフマー神から、それぞれヴィシュヌ神、シヴァ神、スブラフマニヤ(カールッティケーヤ)神に下賜されることになる。
さて、魔王は瞬く間にランカー島に到着し、スィーターを幽閉してしまった。その間ラーマとラクシュマナはスィーター探索の途上、キシュキンダーの森で猿の王族兄弟のあいだのいさかいに巻き込まれる。この話も面白いが省略して先へ進もう。いさかいを解決したラーマは弟の猿王スグリーヴァと同盟を結び、スィーター救出を全面的に助けてもらうことになる。「スグリーヴァ」は美しい首、あるいは強力な首の持ち主というほどの意味で、最高に心強い味方ができた。
ようやくランカー島の対岸に着いたラーマ一行は、猿と熊の兵士たちに命じてランカー島までの橋の建設にとりかかった。けれどスィーターの安否で胸が張り裂けそうなラーマは、島へ斥候を潜入させることを考えた。そこで登場するのが猿の武将ハヌマーンである。多くの猿の勇士が志願するが、飛行距離が足りないかと不安がるなか、猿軍の長老ジャーンバヴァーンから片隅にうずくまっているハヌマーンに声がかけられた。ハヌマーンの出自を知っている長老は、彼の実の父が風神ヴァーユであること、幼少のころ、天空に跳び上がって太陽神に近づこうとして阻止され、落下したので、〔傷ついた〕「顎を持つ者」(ハヌマーン)と名付けられたことなどを語って聞かせた。
ハヌマーンは自身を鼓舞し、自由に姿を変えられるという母親からもらった能力を使って、体を巨大にして空中に跳び上がった。ランカー島に着くや、密かに幽閉中のスィーターに会って、ラーマが救出に向かっているとのメッセージを伝えると、せっかくラーヴァナの居城に潜入したのだからと、ランカー城に火をつけ、縦横無尽に大暴れしてからラーマのもとに帰還した。ハヌマーンのこの大活躍はインド中の大人も子供も大好きなエピソードである。天空を飛び、密偵の仕事をうまくやってのけ、わざと捕まって縄でぐるぐる巻きにされてから、一気に体を巨大にして縄を解き、火のつけられた尻尾を逆に利用して、あちこちに火をつけてまわるのだ。
今回の写真はラーマとスィーターを肩に担ぐハヌマーンの塑像で、北インドの聖地バナーラスを流れるガンジス河畔のアッスィー・ガート(沐浴場)で撮られた一枚である。秋の祭礼ヴィジャヤー・ダシュミー(勝利の第十日)の夜は多くの人出でどこもかしこも賑わう。シヴァ神の妃ドゥルガーが悪魔に打ち勝った日と、ラーマがラーヴァナを倒した日が重なって祝われるのである。私が留学中に下宿していたアッスィー町会でも、秋の祭礼のための寄付金集めに町内の有志が駆けずりまわっていた。ラーマはハヌマーンに絶大の信頼を置き、ハヌマーンは終生ラーマに忠誠を誓う。これを超える絆はほかの神さまの神話には見られない。この稀有の絆を後世まで伝えるためならば、庶民は寄付を惜しまないのである。
更新日:2024.11.12