書籍紹介:『9つの人生』

『9つの人生』 現代インドの聖なるものを求めて

ウィリアム・ダルリンプル 著
パロミタ友美 訳
集英社新書 2022年1月17日発売
https://books.shueisha.co.jp/items/contents.html?isbn=978-4-08-721200-6
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急速な経済発展を遂げ変化し続ける現代インド。その村々で伝統や信仰を受け継ぐ人々を取材した、紀行・歴史文学の名手による、19か国で翻訳出版されたノンフィクションの傑作。
死への断食に臨むジャイナ教尼僧。祭りの間、最下層の人間が神になる憑依芸能テイヤム。神に捧げられ娼婦となった女たちを守護する女神信仰。叙事詩を伝承する沙漠の歌い手ボーパー。スーフィーの聖者廟に身を寄せる女性。かつてダライ・ラマ14世の警護をつとめ、亡命し兵士として人を殺めたことを懺悔するチベット仏教の老僧。700年以上の伝統を汲む職人による官能的神像の世界観。女神信仰のもと、しゃれこうべを重用するタントラ行者。そして吟遊行者バウルとなった人々の遊行の半生――。
現代文明と精神文化の間に息づく、かけがえのない物語。

二〇年前、私の処女作『マルコ・ポーロクエスト―フビライの古都へ』が出版された頃は、八〇年代まっただ中で、紀行文学は語り手に重きを置くことが多かった。……(略)……彼の出会う人々は背景の小道具へと押しやられてしまうこともあった。『9つの人生』ではこれを変えたかった。語り手こそを陰に留め、出会った人々の人生を表に押し出し、彼らの物語を舞台の中心に据えた。……(略)……もちろん私の取捨選択や編集が私自身の見方や好悪を反映することは疑いないが、「伝える」よりは「見せる」ことを心がけ、登場人物自身に語らせるように努めたつもりだ。その結果として、この本は一部の読者が期待するような客観性には欠けるかもしれない。……(略)……ただフレームのみを語り手が定め、登場人物がそれぞれ自身の物語を語ることで、九人の登場人物に作者である私を投影してしまうことを意識的に避けようとした。またこれにより、インドの宗教を題材とした西洋の書き物の多くが囚われている「神秘的なインド」に拘泥した表現の多くを避けられることを願っている。この本は私の宗教的な旅路の記録ではなく、九人の登場人物のそれである。インドの宗教生活の中でもよりエキゾチックだったり野性的だったりする人物もいるが、私たちからかけ離れた存在としてよりは、ただのひとりの人間として描こうと努めた。

訳者である私が本書を知ったのは、九章で取材されているふたりのバウルを実際に存じ上げていたからでした。彼らの物語が描かれていると教えられて、手に取りました。ふたりを知っている私から見ても違和感がなく、同じく彼らを直接知っている人で、この章を繰り返し読んだという人を何人も知っています。

著者自身が「最も印象的だった」とインタビューで語っているジャイナ尼僧の話に始まり、読者はひたすら、登場人物たちの存在の強さ、重さ、生命力に引き込まれていきます。

引用ばかりになってしまったのですが、訳者である私が紹介として語れることは、実はさほどありません。きっとここまでで、この本を必要とする人(今この日本社会で、きっとたくさんいらっしゃるだろうと思っています)はもう手に取ることを決めていることでしょう。素晴らしい本なので、ぜひお楽しみください。

(紹介文:パロミタ友美/推薦者:佐々木一憲)

『9つの人生』 現代インドの聖なるものを求めて

関連書籍:

『インド残酷物語』池亀彩(集英社新書)
第三章のカンナダ語語句の日本語表記監修もお願いしました、ちょうど同じ新書レーベルから出ている池亀彩先生の著作。インドに長く深く関わっている人ならば、「これは自分の知っているインドだ」と思われる方も多いと思います。カーストや精神性、目まぐるしく変わる現代社会の中で力強く生きるインドの人々が等身大に描かれています。

『大いなる魂のうた〜インド遊行の吟遊詩人バウル』パルバティ・バウル著、佐藤友美(パロミタ)訳(「バウルの響き」実行委員会)
手前味噌ではありますが、私の師匠パルバティ・バウルの著書を日本ツアーの際に邦訳版を作りました。バウル自身が英語で書いた書籍としてはおそらく初めてのものであり、バウルの詩27篇の英訳・邦訳を含む、実践者として書かれた貴重な内容です。『9つの人生』の九章で取材されているバウルに関心を持たれた方はぜひ。
https://www.tirakita.com/trmag/trmag_553.shtml

更新日:2022.01.07