ガンディー「知足」の精神 ②
嘘をついてまで地位や金を得るつもりはない
わたしの記憶するかぎりでは、……わたしは自分の職業[弁護士]上のことで虚偽に訴えたことはいちどもなかったし、また、わたしの弁護士業務の大半は社会活動のためのものであったので、弁護料に実際の経費以上を請求したことはなかった。ときには、それすら自腹をきってまかなった。これだけのことを言えば、わたしは自分の弁護士業についてすべてを語ったことになると思っていた。ところが友人たちは、もっと多くを語るよう望んでいる。わたしが真実を避けて通ることを拒んだいくつかの事例を、ごく簡単にでも書き記したなら、それによって弁護士業界にいくらかでも資するところがあるだろうと、彼らは考えているようである。
まだ学生のころ、わたしは弁護士には嘘がつきものだと聞いたことがあった。しかしわたしは、嘘をついてまで地位や金を得るつもりはなかったので、そのことで[わたしの弁護士志望を]左右されることはなかった。この信念は、南アフリカ時代にいくたびも試されることになった。しばしばわたしは、訴訟の相手方が証人たちに圧力をかけていたことを知っていたし、また、わたしが自分の依頼人や証人たちに虚偽の証言を勧めるだけで勝訴できることもわかっていた。しかし、わたしはいつもこの誘惑に抵抗した。ただいちどだけ、裁判に勝ったあとで、わたしは依頼人に騙されたのではないかと疑ったことがあったのを覚えている。わたしはいつも心中ひそかに、依頼人の言い分が正しいばあいにかぎって、勝訴することを念じていた。弁護料をきめるにあたっても、裁判に勝ったなら、といった条件をつけた記憶はない。依頼人は勝訴しようがしまいが、わたしの受け取る報酬の額は多くも少なくもならなかった。
わたしは新しい依頼人が来ると、だれかれなく最初に、わたしは虚偽の訴訟はひきうけないこと、それから[勝訴するために]証人たちに証言を指南することを期待してもらっては困ると警告した。その結果、そのことが評判になり、あやしげな訴訟事件はわたしのところにもちこまれなくなった。実際、わたしの依頼人の何人かは、公正(クリーン)な訴訟はわたしのところに、疑わしい訴訟はほかの弁護士のところへもちこむというふうであった。
(森本達雄 編訳『ガンディー「知足」の精神』〔人間と歴史社〕、第9章「非暴力」の人生観より)
『サルボダヤ』5月号(一般社団法人 日印サルボダヤ協会、2020年)より転載
一般社団法人 日印サルボダヤ交友会:http://sarvodaya-japan.org/index.php
更新日:2020.06.08