DIC(ディスカバー インディア クラブ)前会長 故 ラビンダー・マリク氏の思い出

本稿は、当ネットワーク世話人であるラビンダー・マリク博士の思い出を、同じく世話人をお勤めいただいている鹿子木謙吉先生にお願いして執筆していただきました。お二人のインドと日本の文化交流にかける情熱が伝わる尊いご寄稿です、ぜひお読み下さい。

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私が初めてR.マリク氏のお姿を拝見したのは、インド大使館の催事の後、大使館近くの九段坂上のインド料理店「ボンベイ」の入口近く、店内の天井下に置かれていたテレビの画像を見ていた時、画像の中で、沖縄民謡を独特の節まわしで歌っておられたのが、R.マリク氏でした。

“インド人がこんなに日本人の気持ちを表現しておられる”とマリク氏の歌に聞き惚れ、この様なお方に近く発足する予定のDICの会長に就任いただけないものか、と思い、私は即座に青山の表参道駅(東京メトロ)近くの国連大学事務局に向い、電話をした後近くの喫茶店でお会いする機会を得ました。 マリク氏は近く定年退職をする事になっており、「退職後は国際交流の仕事をしたい。 現在、自宅のある浦安市の国際交流協会に所属しており、家内共々そちらの協会の仕事をする予定です」と、云われた。

私は、マリク氏がこれから立上げようとするDICの会長に最適なお方だと、意を強くして、「これからの日印文化交流が重要になって来ます、是非、先生に会長にご就任頂きたい」と申し上げました。

私は「私と共に、現在横浜市役所で市長を支えて来られた、金子延康氏(横浜市立大学教授)が近々、定年退職し、日印交流に関心を寄せておられる事、及び、旅行会社の社長でありながら落語家の立川談志師匠の愛弟子で「立川談デリー」のニックネームを持っているマルカス氏との3人が、マリク先生を支えますので是非DICの会長にご就任下さい。」と懇願した。

こうして我々の要請を受けて、2013年7月13日、横浜駅西口から徒歩5分の神奈川県民センター会議室に、マリク氏を囲む数名が集い、正式に「インドの魅力を発掘する会DIC(ディスカバー インディア クラブ)」が発足。 月に一度、第2日曜の午後3時に定例会、5~7時、夕食を共にしての交流会がスタートした。(現在 第2土曜日の午後に変更)

定例会は東京浜松町の「マサラ・キッチン」と云う名のインド料理店(マルカス氏の事務所近くで、彼の紹介で会場を借りることになった。)で行われていました。(現在、コロナ禍でオンラインの開催ですが、近々上記インド料理店で再開します)。

今年7月にDICは記念すべき10周年を迎えますが、残念ながら、マリク先生と共にお祝いする事が出来なくなってしまったのです。

実は、昨年10月14日、突然、マリク先生が急逝されたとの報が、私共が横浜の海浜公園でディワリ祭の仮設テントの中でDICのこれまでの足跡を祭に訪れた方々に写真パネルで説明している時、前述の金子延康氏(DIC副会長)によりご逝去が伝えられ、あまりの突然の訃報に愕然となりました。

これまでDIC発足から9年余、DICをまとめ、指導して頂きましたマリク先生を失うことになり、30余名の会員のショックは大きなものとなり、年末の忘年会をマリク先生の追悼集会にして、先生の功績を偲びました。

奥様のお話しでは、マリク先生は、亡くなる1週間程前に腰を痛め通院されておられたとの事でした。

昨年10月20日、地元関係者とわずかな友人・インド大使館のジョシ主席公使が参列し、マリク先生の葬儀が浦安葬儀場でしめやかに行われました。

なお、ラビンダー・マリク先生の略歴を下記に紹介しますが、生年月日は1934年。 印・パ分離独立の折、ご家族がパキスタンからインドに移住され、先生も幼少の頃ニューデリーに移られたものと想像しています。

君代夫人とのご結婚の日時を、同夫人に手紙で問合せておりますが、これ迄ご返事がありません。

先生に過去の事をお聞きしても、「俺は40年以上日本に住んでいて、身も心も日本人なのだ」と、よくおっしゃっておられました。

 

Dr. Rabinder Malik 略歴

1934年 分離独立以前のパンジャブ州にお生まれになった。

印・パ分離独立の際、ニューデリーに移住。

そこでICCR(インド文化関係評議会)事務局に奉職。

1955年にWHO(世界保健機関)ニューデリー事務所職員に抜擢され、後にインドネシアでのUNDP(国連開発計画)に参画。また、インド本国での勤務を経て、1976年2月から、東京の国連大学設立に尽力され、40年に亘る勤務。

最終的に事務局次長を勤め、定年後2013年7月13日、ディスカバー インディア クラブの会長に就任。

2022年10月14日に逝去されるまで、日印交流の為、ご尽力されました。

 

鹿子木 謙吉 略歴

1936年 大阪に生まれる

1961年 中央大学第二法学部卒業

1962ー69年 日通トラック(株)勤務

1969年4月ー71年3月 通訳養成所(英語)に学ぶ 通訳の免許取得

(昭和55年12月2日 合格証書5958号)

1971年5月 日印協会事務局に就職

1977年より2018年まで日印協会理事、常任理事、非常勤理事、顧問を歴任

2013年 ディスカバー・インディア・クラブ(DIC)を設立

2023年4月 DIC会長に就任

2023年5月2日 金子延康副会長、大井淑代事務局長と共に インド大使館に駐日インド大使シビ・ジョージ閣下、及び、公益財団法人日印協会事務局に西本常務に会長就任のご挨拶に伺った。

更新日:2023.06.05