般若心経の迷い道 その四

ニューエイジ・サイエンスと東洋思想 

般若心経を量子論で説明しようとする人がいる。分からないことをもっと分からないことで説明されても、文化系で数学も物理も苦手な私は困るのだが。 

玄侑宗久は『現代語訳 般若心経』筑摩新書、2006年の中で次のようにいう。 

量子力学では物質のミクロの様態を、「粒子であり、また波である」とします。測定の仕方でどちらの結果も得られるというわけですが、端的に、それが「色」と「空」なのだと考えても、基本的に間違いではないと思います。 

中略 

しかし私は、じつはこれと同じことをさっきから申し上げています。 

「色即是空」でしかも「空即是色」だと。 

「般若波羅蜜多」が実現すれば、そういう実感になるのだから仕方ありません。 

オッペンハイマーに師事した理論物理学者デヴィッド・ボームは、暗在系という言葉を使う。 

この宇宙を理解するのに二重構造を想定し、われわれがよく知っている物質的な宇宙の背後に「もう一つの見えない宇宙」の存在を想定する。 

目に見える物質的な宇宙を「明在系(explicate order)」、もう一つの目に見えない宇宙を「暗在系(implicate order)」と呼ぶ。 

湯浅泰雄・竹本忠雄編著『ニューサイエンスと気の科学』青土社、1993年で、ボームは次のようにいう。 

時間と空間を超えて、その中に空間と時間の系が抽象として含まれている。その考えを発展させ、「暗在系」は、「明在系」の中にのみ包まれている、という代わりに、われわれが自分の前に見ているふつうの系(秩序)が暗在系の中に包み込まれている。つまり、すべての物質、精神、時間、空間などが全体としてたたみ込まれていると考える。 

ボームは鈴木大拙の禅の影響を受けているので華厳経の考え方も入ったのだろう。インドラ神の網の結び目にちりばめられた宝石は互いに映し合い、その一つ一つの宝石の光が互いに映し合っている。つまり、部分の中に全体があるのだ。また彼は、神智学協会から独立したジッドゥ・クリシュナムールティとも親しくしていた。 

ボームはまた、ダライ・ラマの教えにより、 

仏教における「空」の問題というのは、すべてのものの究極の本質は空である、というものでした。これは、すべてのものは相互依存的な関係の中で起こる、というのと同じことです。事物は、それ自身の本質から生じるのではなく、すべてのものは全体から生じ、全体へと還帰するわけで、これは「暗在系」の考え方に近いのです、と語る。 

それを受けて天外志朗は、『般若心経の科学・改訂版』祥伝社黄金文庫、2011年で、「色即是空」を「ホログラフィー宇宙モデル」として説明する。 

それは、「空」=「暗在系」=「あの世」ということなのです。「空」というのは、たんなる物の見方や心の持ちかたではなく、厳然と物理的に存在する目に見えないもう一つの宇宙、という解釈も可能です。 

したがって、「色即是空」ということは「明在系」=「暗在系」、あるいは「この世」=「あの世」という意味になります。 

中略 

「明在系」あるいは「この世」のすべてが、「暗在系」「あの世」に、たたみ込まれているわけですから。 

天外志朗はペンネームで、本職はCDを開発したソニーの技術者だった。一度どこかでお目に掛かったことがあって名乗りを受けた。 

 

ホログラムとしての宇宙 

記憶について考察していた脳外科医のプリブラムはあるとき「世界は一つのホログラムだ」と思うに至った。 

ホログラフィー(完全写像記録装置)とは、平面に写し取るフォトグラフィーとは違って全体を撮ろうとする技術である。光の干渉と回折を利用して物体の3次元情報を記録・再生する技術で、レーザー光を使って物体が反射した光(物体光)と基準となる光(参照光)の干渉縞を記録し、再生時に同じ参照光を当てると立体像が浮かび上がるものだ。 

われわれが知覚するのは独立した実体と考えているが、知覚されているのはイメージ(知覚像)であり、それに意味を与えるのは内面から想起される記憶イメージである。音楽というのは物理的には単なる音の波であり、過去の記憶と合成することによって音楽が成立する。 

人がいなかったら世界も成立しない?色=実体と思っている世界は空なのだろうか。 

ボームのいう暗在系をプリブラムは潜在的次元(potential order)という。そこには空間の境界もなく、時間の境界もなくすべてのものがそこに包み込まれていると考えた。脳は宇宙の一側面であると。 

 

大天才たちのタゴール詣で 

およそ百年前、何人もの大天才たちが熱い議論を交わして論文を仕上げ、量子力学が形成されていった。エルヴィン・シュレーディンガーの波動方程式が提案されたのは1926年である。量子力学といっても統一された理論があるわけではなく、解釈の幅があり論争は今も続いている。意外と東洋思想にヒントを得た物理学者が多い。 

ハイゼンベルクにはギリシア哲学のバックグラウンドがあり、プラトンを研究した。インドの講演旅行に出かけた1929年、タゴールの家に滞在してウパニシャッドの哲学について聞いた。 

人間の介在しない真理は存在しないとタゴールは述べた。世界は相互に関連するイベントの織物である、観測者と物理現象の結びつきが重要であると聞いて、観測者が観測対象に影響を与えうるという自身の奇妙な考え方に自信を深めた。 

不確定性原理というのは、素粒子の位置と運動量、あるいは波動性と粒子性などについて、観測によってその一方を決定すると他方が全く不定になってしまうことを明らかにした。観測者によって作用されるという問題で当時の客観主義との矛盾に悩んでいた。 

ハイゼンベルクはピアニストになろうか物理学者になろうかと迷うほどだったが、物理学の将来に賭けた。宇宙の根底には何か中心的秩序が隠されていると考えた。数学、物理学はそれを解析する術だが、音楽によってこそ中心的秩序に近づけると。音楽、特に器楽は瞑想に近い。 

アインシュタインがタゴールと対話したのは有名だが、それは1930年7月14日、ベルリン郊外カプートのアインシュタインの別荘で初めて行われ、生涯4回対話した。 

 

https://ishikawa.math.keio.ac.jp/KoaraWest/KoaraWest09_06.pdf 

https://www.amorc.jp/causality-a-discussion-by-einstein-and-tagore/ 

 

アインシュタインは数学の定理や物理法則は、人間界のあるなしに関わらず成り立つと主張し、タゴールは真理というのは人間精神によって認識される、宇宙は人間の意識と切り離せないとする。 

例えば、音楽の美は人間の感性が生み出すとタゴールは考え、アインシュタインは音楽の調和には数学的構造があるので、それは人間とは独立して存在すると考えた。数学者は、しばしば、この世に数学の定理、数字の世界は実在すると考える。幾何学というのは自然を記述するものではなく、自然の本質そのものだと古代ギリシア人は考えた。 

アインシュタインは夏の別荘で自らヴァイオリンを弾いて音楽会を催し、文化人と歓談した。奈良ホテルにはアインシュタインが弾いたピアノが保存されている。しかし彼の音楽観は、とても西洋音楽的な捉え方だ。インド音楽も数学的だが、日本の音楽がそのように分析されるかは疑問。 

それはともかく、ここに観察者の問題が出てくることが重要。 

エルヴィン・シュレーディンガーは1930年、アインシュタインの招きによりカプートの別荘で、タゴールと出会った。アインシュタインがベルリン大学の教授だった頃、定期的に音楽家、文化人、科学者を招いて演奏会を行っていた。その中に、量子論を形成したマックス・ボルン、マックス・プラントもいた。 

ゲッティンゲン大学のボルンの元で助手に採用されたシュレーディンガーは、ボルンと共にピアノの演奏を楽しんだという。音楽サロンで物理学を発展させるとはなんと優雅で楽しい時間だ。 

観測者の意識が現実を形作るという量子力学の解釈は、タゴールのいう、現実は人間の意識を離れては存在しないという立場に近いと考えた。 

シュレーディンガーは、物質的宇宙が独立して存在するという科学的な見方は、観察者の限界に過ぎないと考えるに至った。 

世界は客観的な物質の集合ではなく、主体(意識)と客体(世界)が一体となっている、つまり、アートマンとブラフマンの一致というウパニシャッド由来のヴェーダンタ哲学の一元論に共鳴した。 

ニールス・ボーアはキルケゴールとウィリアム・ジェームスの影響を受け、また、ウパニシャッドを読み、『易経』に熱中したという。ハイゼンベルクの不確定性原理によって「相補性」という概念を生み出した。 

1947年、ナイトに叙せられたとき、易の陰陽のシンボルを用いて示し、これを家紋とした。宇宙は二つで一つ。海のような波であり、ビーチの砂のような粒子でもある。どちらか一方ではなく二つの現象が結びついている。「相補性」、つまり、波動であって粒子であるという矛盾する側面が、共に現象を理解するのに必要と考えた。彼は中国に行って啓発されたのだった。 

湯川秀樹も老荘思想の影響を受け、老子のいうタオ、道は素粒子が分化する以前の原初的状況を示す象徴的表現であると解している。兄の貝塚茂樹は東洋史学の泰斗だ。 

 

死のダンス 

原子爆弾を開発したオッペンハイマーは、サンスクリットを学びバガヴァッド・ギーターを読むことが出来た。原爆投下の後、クリシュナがアルジュナにその真の姿を見せる一説を思い出した。上村勝彦の訳(岩波文庫、1992年)によると、第11章32の詩節に、 

「私は世界を滅亡させる強大なカーラ(時間)である。諸世界を回収する(帰滅させる)ために、ここに活動を開始した。たといあなたがいないでも、敵軍にいるすべての戦士たちは生存しないであろう」 

時間の神であるカーラは死をもたらすことができるのだ。 

1971年の夏、お金がないのでアムステルダムにおける国際物理学会議に参加費を払わないで潜り込み、夜はヒッピーとして公園に寝袋に入って野宿したフリチョフ・カプラは次のようにいう。 

素粒子の世界のエネルギーのパターンは、安定した原子構造、分子構造を形成し、そこから物質が生まれ、巨視的には固い外観を呈する。その結果われわれは、それがある種の物質的な実体でできていると考えてしまう。巨視的なレベルでは物質という概念もきわめて有効だが、原子のレベルではもはや意味をなさない。原子は粒子からなっているが、その粒子はいかなる物質からもなってはいない。粒子を観察しても物質らしきものはなく、見えるものはたがいに絶え間なく変化するダイナミックなパターン--絶えざるエネルギーのダンス--である。 

中略 

コズミック・ダンスという比喩は、ヒンドゥーの舞踊の神、シヴァ・ナタラジャの像に最も美しく表現されている。現代物理学者にとって、シヴァの踊りは素粒子の踊りである。ヒンドゥー教の神話にあるように、それは全宇宙の創造と破壊の絶えざる舞踊--あらゆる存在とあらゆる自然現象の基盤--である。(スタニスラフ・グロフ編 吉福伸逸編訳『個を超えるパラダイム』平河出版社、1987年) 

また、彼の『カプラ対話篇 非常の智』工作舎、1988年によると、1982年にインドでサンジュクタ・パーニグラヒとグル・ケールチャランのオリッシー・ダンスを見ている。『タオ自然学』工作舎、1981年は世界的ベストセラーである。 

パラダイム・シフトとかニューサイエンスと呼ばれ、日本ではニューアカデミズムが話題になった懐かしい時代である。ニューミュージックも懐メロになった今、ニューアカはどこへ行ったのでしょう。工作舎の『遊』で編集長として活躍した松岡正剛も亡くなった。 

 

河野亮仙 略歴
1953年生
1977年 京都大学文学部卒業(インド哲学史)
1979年~82年 バナーラス・ヒンドゥー大学文学部哲学科留学
1986年 大正大学文学部研究科博士課程後期単位取得満期退学
現在 天台宗延命寺住職、日本カバディ協会専務理事
専門 インド文化史、身体論 

更新日:2026.02.17