日本寺inブッダガヤ 今昔・あれこれ⑤

カレーライスとお念仏

元 日本寺駐在僧 渋谷康悦

このコーナーを担当させていただいております渋谷です。

以前「温故知新 日印文化交流の源へ」(https://tsunagaru-india.com/knowledge/日本寺inブッダガヤ 今昔・あれこれ①/)稿で紹介させいて頂いたブッダガヤ日本寺での2年間の駐在生活でしみじみ感じた「カレーライスとお念仏」についてお話しします。

2006年~2008年にかけて、ブダガヤにある「印度山日本寺」で2年間、駐在僧を勤めて参りました。

「おさとりの地」として崇敬を集め、世界中の仏教国のお寺が集まる場所でしたが、「ああ、ここに2500年前にお釈迦様が実際にお歩きになっていたんだなぁ」としみじみ感じられる景色がまだまだあちこちに残っている、そんな土地でありました。

駐在僧の生活は、朝夕の勤行(各国の旅行者が自由に参加していました)と日本人旅行者との応接、各国寺院の法要への出仕などが中心でした。ゆったりとした時間が過ぎる毎日の中で唯一の楽しみが、現地インド人スタッフがカルカッタなど都会から調味料を取り寄せて、現地の食材で拵えてくれる日本食料理でした。

大根と人参とじゃがいも、それに昆布を糸で巻いておでん風に煮たり、ちらし寿司、玉子丼などもなんとか本物っぽく作ってくれていました。

そんな食生活で一番日本を思い出す、懐かしくて嬉しくなる料理がありました。

何だと思いますか?

それがカレーライスだったのです。

輸入食材として入手した日本のカレールウを使って作られた純日本式(ご家庭の)カレーライスが一番のふるさとの味でした。

みなさん、カレーと言えばインドが本場だとお思いでしょうが、そのインドには「カレーライス」というメニューはないのです。

インドの家庭では様々なスパイスを市場で買ってきて一種類ずつすりつぶして、具材と共に煮込んだり炒めたりして調理しています。5歳くらいの子供でもお手伝いとしてすり鉢で一生懸命スパイスをすりつぶしている姿がよく見られます。

植民地としてインドを支配していたイギリス人がこのスパイス料理の美味しさを知って本国に持ち帰り、それぞれのスパイスを予めブレンドして発売した商品が「カレー粉」なのです。

毎回スパイスを買い揃えてすりつぶして準備する手間がなくなり、各家庭でたいへん重宝されました。それが海軍同士のお付き合いでイギリスから日本に伝わり、さらに工夫が凝らされてカレールウとして、誰でも簡単に美味しく頂けるようになったのです。

みなさんはカレーはお好きですか?

このカレーをインドの地で美味しく頂きながら、「日々お称えしているお念仏も、あらゆる仏道修行のスパイスがブレンドされた“誰でも簡単に美味しく”行じられる修行なんじゃないか!」と思い至りました。

お釈迦様は二千五百年前のインドでさとりを開かれて、救いの道を求める人たちそれぞれにぴったりと合った修行方法をお示しになりました。現在伝わっているお経が、五千四十八巻と言われる、膨大な量からもその方法が非常に多岐にわたっていることがわかります。
しかしながら目の前にお釈迦様がおられて指導を受けることができない私たちにはひとつひとつの行をきちんと修めることができません。

このような私たちを哀れんで、阿弥陀如来という仏様は、果てしなく永い永い歳月を掛けてご自身が一生懸命に修行を積まれ、その修行の功徳、さとりの功徳をご自身の名を呼ぶ称名行にぎゅうっと詰め込んで下さっているのです。

その阿弥陀様の慈悲の救いが中国の善導大師によって「これしかない!」と示され、全ての人が等しく救われる道をひたすらに求めた法然上人にしっかりと受け止められたのです。「口に称えるお念仏だけで良いんですよ」「信じて一心に称えれば必ずお浄土に迎えとって頂けるんですよ」という純化された教えになりました。

日々の慌ただしい生活に追われ、欲望にまみれ、厳しい修行にはとても耐え得ない私たちにとって、あらゆる修行の功徳が詰め込まれていて、口に称えれば誰でも平等に救われるお念仏、そこにあらゆる修行のスパイスを詰め込んで下さっている阿弥陀様を思って毎日お念仏に親しんでいって下さればと思います。

そして、ご家庭や食堂などで頂く「ごく普通の」カレーライスこそ、インドと日本を結ぶ深い絆の現れであると感じ取って頂ければと思っています。

 

渋谷 康悦 (しぶや こうえつ)

1975年新潟生まれ
会社員生活を経て、浄土宗 正覚院(江東区)で出家。
元・印度山日本寺(ブッダガヤ)駐在僧(2006~2008年)。
現在、浄土宗 大善寺(八王子)勤務。

更新日:2020.09.07