仲香織の今どきデリー④

インドコロナパンデミック

日本でも大々的に報道されたインドのコロナパンデミックは、報道の通り、本当に、本当に悲惨ものでした。一時期のデリーはまさに地獄でした。

日本で報道され始める1か月ほど前から、異常な感染拡大を肌でじりじりと感じていました。それは昨年のものとは明らかに違う異様なものでした。包囲網のように、周りに感染者が爆増し、私も濃厚接触者となり、結果的に7回もPCR検査を受けました。日本の唾液検査とは異なり、インドは鼻咽頭検査な為、綿棒の大きめのものを鼻にぐりぐりと突っ込まれ、それはそれは涙が出るほど痛いものです。幸いにも、私は7回とも陰性でした。

自分が住んでいるアパートにも感染者が増え、お隣さんも感染、アパート住民全員がPCR検査を受けさされ、警察により誰も出入りが出来ない状況にされました。ゴミ収集もされず、駐車場が生ごみの溢れ悲惨な状態でした。

日本人もたくさん感染し、大切な友人も亡くなりました。親戚も3人亡くなりました。息子の学校の先生が2人亡くなりました。
朝から夜まで、文字通り、救急車の音がなりやまず、病院でPCR検査を待っていると、オートリキシャや自家用車で次々の苦しそうな人が家族によって運び込まれ、隣の緊急病棟(と言っても、扉が開けっ放しなので、酸素につながれている患者さんがよく見えるのですが)PCR検査を待っているほんの1.2時間の間に、その運ばれていった人が、白い布に包まれて出てくるのを、2回も目の当りにし、胸が苦しくて、苦しくて、これはまさに地獄だと思いました。

亡くなった友人は救急車で運ばれたものの、受け入れてくれる病院がなくて、間に合いませんでした。別の友人は家族3人で感染し、夜中に救急車で運ばれてから、何時間も病院探しに明け暮れ、結局受入病院が見つかるまで3日かかったと聞きました。幸いにもその友人は無事に生還されましたが、本当に辛い辛い時間を過ごされました。一時期の完全医療崩壊、酸素不足は世界中からの援助により、現在は正常な状況を取り戻しています。そして、あのパンデミックは何だったんだと思うほどの早い感染減少、ロックダウン解除により、少しづつ、デリーは元のにぎやかな街並みに戻りつつあります。

しかし、亡くなった友人の家の近くを通る度に、ああ、もう彼女は戻って来ないんだという強烈な虚無感に襲われます。

あの報道は大げさではなく、真実だったという事、そして、家にずっと籠り、外出も一切せず、宅配物も消毒を徹底した人も感染した人が沢山いるという事を声を大にして言いたいです。自分には何が出来るのかと考えた結果、私はワクチン接種をしました。勿論、選択肢は沢山あると思います。ただ、私は本当に今ほど、真剣に世界の平和を祈る日々はありません。どうか、皆様、御自愛下さい。

Om Tare Tuttare Ture Soha!
Om shanti Shanti Shanti…

仲香織

東インド古典舞踊オディッシー舞踊家。
現在ニューデリー在住。京都とカナダでインド舞踊の基礎を学び、その後、インド政府奨学生としてデリーとオリッサに留学。

更新日:2021.06.30