タゴール『子供時代』⑭

第9章

毎日がこうして、単調に過ぎていく。一日の真ん中には学校(1)がかぶりつき、朝と夕方にそのお余りが飛び散る。教室に入るとすぐ、そこに並ぶベンチとテーブルが、ぼくの心に肘鉄をかませる。毎日まったく同じ、しょぼくれたその風景。

日暮れ時に家に帰る。勉強部屋にはヒマシ油の灯がともっていて、次の日の予習を促すシグナルを送っている。日によっては、家の中庭に、熊踊りを見せる芸人が来ることがある。蛇使いが訪れることもある。時には奇術師がやって来て、少しばかり新味を添えることもあった。今日、ぼくらの家があるチトプル・ロードに、彼らの両面太鼓(2)が響きわたることはない。映画に遠くから一礼(サラーム)して、彼らはこの土地(くに)から逃げ出したのだ。ある種のバッタが、身を隠すため、体色を変えて枯葉とひとつになるように、ぼくの生命も色褪せて、枯れた日々と一体になっていたのだ。

その頃、遊びと言えば、ほんのいくつかの種類しかなかった。ビー玉があり、バットボールというのがあった クリケットの遠い親戚とも言うべきものだ。その他には、独楽回しと凧揚げ。都会の子供たちの遊びと言えば、どれもこれも、こんなにも貧相なものだった。広々した競技場で、サッカーボールを相手に跳び回るのは、その頃はまだ、海の彼方の出来事だった。こんなふうに、同じ寸法の日々が、枯れ木の杭を打った柵の中に、ぼくを幾重にも閉じ込めたまま過ぎていったのだ。

そんなある日のこと、バロアーン=ラーガ(3)に乗って、シャーナイ(4) の調べが響きわたった。家に新しい花嫁(5)がやって来た 黒く可愛らしい手に細い黄金の腕環をはめて。瞬く間に柵に隙間ができ、見知った世界の境界の向こうに、魔法の国から来た新しい人の姿が見えた。遠くでうろうろするばかりで、近づこうとする勇気が出ない。その人は皆にとても大事にされているのに、ぼくは見捨てられたチビに過ぎない。

家はその頃、二つに分かれていた。男たちは外の領域に、女たちは内奥の領域にいた。太守(ナワーブ)時代のしきたりが、その頃もまだ、続いていたのだ。姉さん(6)が屋上で、新しい花嫁を連れて、歩き回っていたのを覚えている。二人の間のおしゃべりが続いていた。ぼくは近づこうとしただけで怒鳴りつけられた。ここは男の子たちの縄張りの外よ、というわけだ。しょんぼり顔で、またあの、苔むした、昔ながらの日々の陰に引き返さなければならなかった。

不意に遠くの山から雨季の洪水が押し寄せ、古い土堤の底を削り取る 次に起きたのはまさにそれだった。新来の女主人が、家に新たな規則を導入したのだ。彼女の居場所は、奥の領域の屋上の横の部屋だった。その屋上は、彼女の完全な支配下にあった。人形の嫁遊びで、ご馳走の葉皿を広げることになったのも、そこだ。そして、招待の日の一番客になったのが、このチビだった。義姉さんは料理が上手で、ご馳走をするのが大好きだった。この、ご馳走をしたいという欲求を満たすためには、ぼくという相手が必要だったのだ。学校から帰ると、もう、彼女の手料理が待っていた。水に浸した冷や飯をほんの少しトウガラシで味付けして、それにえびカレーを手混ぜして出してくれた時は、堪(こた)えられなかった。ときどき親戚の家に出かけたために、義姉さんのサンダルが部屋の前に見られないと、ぼくは腹を立てて、中から何かひとつ高価なものをくすねて隠し、口喧嘩の種にしたものだ。ぼくの言い分は、「義姉さんがいなかったら、誰がいったい部屋の面倒をみるの? ぼくが見張り役なわけ?」 彼女は怒ったフリをして答える、「あなたに見張ってもらう必要はないわ。それより、自分の手を見張ったらどうなの。」

今時の女たちなら、これを聞いて、バカバカしいと思うだろう。きっとこう言うに違いない、自分の義弟(おとうと)がいなくたって、それに代わる他人の義弟が、まわりに掃いて捨てるほどいるだろうに、と。ごもっとも。今の時代は、その頃に比べると、あらゆる面で、すっかりませてしまったのだ。その頃は、大人も子供も、皆、子供だった。

こうして、ぼくが独りっきりで、遊牧民の旅をしていた屋上に、新たな幕が開いた 人間との交流、人間との情愛。その舞台を演出したのは、ぼくのジョティ兄さん(7) だった。

 

訳注

(注1)「ノーマル・スクール」。第7章(後半)(『子供時代』⑪)の(注15)参照。
(注2)「ドゥグドゥギ」、小振りの両面太鼓。
(注3)結婚式の祝典に奏されるラーガ。
(注4)ダブルリードの木管楽器。結婚式の祝典などで奏される。
(注5)第5兄ジョティリンドロナト・タクルの妻、カドンボリ・デビ(1859-1884)。
(注6)タゴールの末姉(4番目の姉)、ボルノクマリ・デビ(1857?-1948)。タゴールの兄弟姉妹の中で、タゴールの死に立ち会った、唯一の人。
(注7)ジョティリンドロナト・タクル(1849-1925)。

大西 正幸(おおにし まさゆき)

東京大学文学部(英語英米文学科)卒。オーストラリア国立大学にてPhD(言語学)取得。
1976~80年、インド(カルカッタとシャンティニケトン)で、ベンガル文学・口承文化、インド音楽を学ぶ。
ベンガル文学の翻訳に、タゴール『家と世界』(レグルス文庫)、モハッシェタ・デビ『ジャグモーハンの死』(めこん社)、タラションコル・ボンドパッダエ『船頭タリニ』(めこん社)など。現在、めこん社のホームページに、近現代短編小説の翻訳を連載中。
https://bengaliterature.blog.fc2.com//

更新日:2022.04.07