タゴール『子供時代』①

タゴール『子供時代』連載にあたって

大西 正幸

ラビンドラナート・タゴール(ロビンドロナト・タクル、1861-1941)の『子供時代』の翻訳を、本サイトに連載する機会をいただきました。

この作品は、タゴールが死の前年(1940年)に書いた回想記で、序文にあるように、彼が創設した学び舎シャンティニケトンの生徒たちを読者に想定して書かれています。おもに子供の目線から、彼の子供の頃(1860~70年代)の北カルカッタ(コルカタ)の様子、北カルカッタのジョラシャンコにあったタゴール家の大家族生活、その中での彼の内面の成長史を、自由闊達なベンガル語で綴っています。

タゴールには、もうひとつ、彼が50~51才の時に書いた、『人生の追憶』(1912)という題の回想記があります。こちらは、幼年期から青年期まで、彼が詩人として成長していく姿を、より客観的に整理して描いています。

『子供時代』の序文の中で、タゴールは、『人生の追憶』と『子供時代』を比較して、「大洋と細流(せせらぎ)の違い。前者は語り、後者は囀(さえず)り。前者は籠の中に並べられた果実、後者は果実のついた木そのもの」と、的確な比喩でこの二つの回想記の性格の違いを述べています。

『子供時代』は、序文、「少年」と題された序詩、そして全14章の本文からなります。本文は、大きく三つに分けることができます。1章から8章までが幼年期、9章から13章前半までが少年期、13章後半から14章がイギリス留学前後の青年期のとば口の体験と全体のまとめ。

構成上このように分けられるとは言え、幼年期と少年期の体験は重なる部分もあり、厳密な時系列に沿って描かれているわけではありません。ただ、タゴールの内面の成長過程の中で、この二つを区切る大きな出来事がありました。それは、五番目の兄ジョティリンドロナトのもとにカドンボリ・デビが嫁いで来たことです。9章から13章の前半までのほとんどが、ジョティリンドロナト/カドンボリとタゴールとの間の、親密な交流を中心に話が進んでおり、タゴールの内面の成長にとってこの二人の存在がいかに大きかったかがわかります。

『子供時代』の日本語訳は、英訳からの重訳『私の少年時代』(福田睦太郎訳)が、第三文明社の『タゴール著作集第10巻』に掲載されています。しかし、この翻訳は、全14章のうち、1章から9章の出だし部分まで、つまり、上に述べた三つの部分のうち、幼年期から少年期の入り口の部分までしか収められていません。また、英訳では、ベンガル語原文にある序文と序詩がなく、本文の中にも省略があり、日本語訳もその省略を反映しています。

次回から、『子供時代』の序文、序詩、本文各章のベンガル語原文からの訳を、注釈とともに掲載していきます。

大西 正幸(おおにし まさゆき)

東京大学文学部(英語英米文学科)卒。オーストラリア国立大学にてPhD(言語学)取得。
1976~80年、インド(カルカッタとシャンティニケトン)で、ベンガル文学・口承文化、インド音楽を学ぶ。
ベンガル文学の翻訳に、タゴール『家と世界』(レグルス文庫)、モハッシェタ・デビ『ジャグモーハンの死』(めこん社)、タラションコル・ボンドパッダエ『船頭タリニ』(めこん社)など。現在、めこん社のホームページに、近現代短編小説の翻訳を連載中。
https://bengaliterature.blog.fc2.com//

更新日:2021.05.21