シルクロードの東端で、インド仏教の時間を歩く(最終章)
上海:37年の時を超えた再訪
寧波での滞在を終え、再び高速鉄道に乗り、上海へと向かった。ここからは、私にとって別の特別な思い入れがある旅の始まりだった。
今から37年前、私は上海の「美琪大戯院(マジェスティック・シアター)」という劇場の舞台に立っていた。日中友好協会の招聘で、北京オペラの面々と共に、笛の名手・横田年昭氏と共演し、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』をパントマイムで上演していた。
当時の上海は、宿泊した高層ホテルを除けば、全体に貧しい街並みが広がっていた。通貨も外国人用と市民用で価値が異なり、情報は壁新聞に限られ、英語の情報はほとんど入ってこない時代。リハーサルの合間、街に不穏な熱気とデモの足音を感じてはいたが、公演の忙しさで深く知る由もなかった。帰国から1週間後、あの北京の例の広場での大事件を知り、驚愕したことを今でも鮮明に覚えている。
それから37年。目の前の上海は摩天楼がそびえ立つ光り輝く電脳都市の姿。金融・情報の最先端都市へと変貌を遂げ、かつての面影はどこにもなかった。あまりの変貌ぶりに、私はただ眩暈(めまい)に似た感覚を覚えながら、その眩い光の向こう側にある『影』を探していた。

旅の終着点は、最も未来に近い場所。石造りの外灘と、電脳都市・浦東が交差するこの景色の中に、旅の全ての時間が重なり合っていた
歴史の光と、その陰に消えた求法僧たち
煌びやかにライトアップされた上海の街を歩きながら、私はこの旅で辿ってきた仏教史に思いを巡らせていた。
これまで名を挙げてきた玄奘、空海、道元といった僧侶たちは、間違いなく時代のエリートである。命がけで真理を伝えた偉大な先駆者たちだ。その輝かしい業績は、歴史の表舞台で今も光を放っている。
しかし、その輝かしい光の陰には、志半ばで力尽きた無数の僧侶たちがいたことを、私たちは忘れてはならない。船の難破や病に倒れた者、或いは情熱を持って長安にたどり着きながらも、政治や権力の波に飲まれ、せっかく持ち帰った経典や知見の多くが散逸していった者たちである。
例えば、玄奘より遥か以前、還暦を過ぎてなおインドへ渡った法顕(ほっけん)。彼が伝えた初期仏教の律論は、その後の歴史に小さな波紋を残したに過ぎない。また、時代のタイミングや権力者の寵愛の差で、他の名僧の影に隠れてしまった真諦(パラマールタ)や功徳生(プニョーダヤ)。彼らが命を懸けて持ち帰った「原石」の多くが歴史の砂に埋もれていった。
こうした人々の存在を思うと、歴史に名を刻んだ偉人たちの業績は、偶然の成功ではなく、多くの無名の志士たちの努力と連なって初めて形作られたものであることを、改めて実感させられる。
上海の夜景を見つめる私の脳裏には、これまで辿ってきた道のりが走馬灯のように駆け巡った。
- 長安で触れた、鳩摩羅什や玄奘三蔵の「知」への情熱。
- 大興善寺や青龍寺で感じた、空海へと繋がる密教の「実践」。
- そして天童寺で体感した、道元が掴んだ「身心脱落」の悟り。
すべては、2500年前に存在した「一人の人間・ブッダ」の教えから始まったのだというその事実が、心の底でひそやかに燃え続けているのを感じた。インドに生まれた真理への道。その道を、今でもなんと多くの旅人が歩き続けていることだろうか。
巡りゆくバトン:息子に手を引かれて
最後に、私事ながら一つ書き添えたいことがあります。 この紀行文は、以前このコラムに掲載させていただいた「アクティブ・ラーニング in 天竺 ~息子と共にインドを歩く~」の続編となっている。息子が8歳の時と12歳のとき、私たちはインドの仏跡を巡礼しました。その寄稿文で私はこう文章を結んでいる。
「私の終活はまだまだ続けられそうです。もしかしたら、いつか息子に手を引かれて杖をついてくることになるかも知れません」
まさか、その日がこれほど早く来るとは思いもしなかった。 幸い、まだ物理的な杖は突いてないのだが、今のデジタル化した中国を一人で旅しろと言われたら、私はお手上げだ。思った以上に英語が通じない上に、アリペイやWeChatによる完全なキャッシュレス社会。お寺のお賽銭ですらQRコード、浮浪者の方への施しもデジタル決済という徹底ぶりだ。
二十歳になった息子が、地下鉄やタクシーの予約から支払、通訳まで全てをこなす姿を見ながら、私は確信した。「ああ、私は今、まさに息子に手を引かれ、杖を突いてもらっているのだな」と。
インフレもデフレも、デジタルの数字すら、玄奘が説いた『唯識』の如く、私の心が描き出した幻影かもしれない。
だが、隣でスマホを操る息子の手のぬくもりと、私たちが共に刻んだ足跡だけは、確かな実感として、そこに在った。
かつての求法僧たちがそうであったように、私もまた、自分なりの歩幅で、この「仏教という時間の旅」を歩き続けていこうと思う。焦らず、弛まず、ゆっくりと、ただこの瞬間の確かさを足元で感じながら… (了)
インド仏跡巡礼から始まった息子との旅。果たして次回はどこへ導かれるのだろうか…
藤倉健雄
Ph.D 教育演劇学博士。 ニューヨーク州立大学修士課程を経て、ウィスコンシン大学演劇学部博士課程修了。現在早稲田大学国際教養学部講師。プロのマイム集団、カンジヤマ・マイム主宰。演劇的要素の教育的応用を常に研究の柱としている。NHKテレビ「おかあさんといっしょ」の身体表現コーナー「パント!」の振付、監修を始め、様々な教育番組を振り付け、同時に出演している。日印文化交流ネットワーク幹事
更新日:2026.05.13

