コロナ激禍のインドを生き延びる!(第2回)

– やはり、日本の将来はインドしかない –

 

日印関係アドバイザー、MIT World Peace University非常勤講師
磯貝 富夫

3.アンロックと『自立したインド』そしてインドらしい災難

 2020年5月31日、最初のロックダウンが一旦数日間のみ解除された。それに先立つ5月12日、モディ首相は国民への4回目の演説の中で、Atmanirbhar Bharat 『自立したインド』政策と経済政策第二弾(約28兆円規模)を発表した。この『自立したインド』こそが、モディ首相のポストコロナを見据えた新たな国家成長戦略と言える。それは「経済・インフラ・テクノロジー主導・人口・需要」を5つの柱として捉え、それらを基軸として他国に頼らない自立したインドを目指すというものである。モディ首相らしいお題目としては聞こえの良い政策だが、スローガンは立派だが具体性に欠ける点もいつものことではある。これはインドの政治の特徴とも言えると私は考えているもので、首相はまず誰にでも解りやすいスローガンを掲げて、方向性とゴール(到達目標)を明確に示すのであるが、それらをどのようにして実行し、達成するのかという点は後から付いてくるものなのである。これまでにもモディ首相は「Make in India」や「Digital India」、「Skill India」とか「Swacch Bharat」(クリーン・インディア)などのスローガンを掲げて、国民に対して自らが目指す方向性と目標を明確に示してきた。コロナ禍という未曽有の予期せぬ事態に見舞われて、必ずしもその目的は達成されていないのが実態であるが止むを得まい。
 ひとつ感心したことは、インド政府はコロナ禍対策の一環で、4月2日にもAarogya Setu(Bridge to Good Healthの意味)と呼ばれる、スマホの位置情報を活用して感染者との接触履歴を管理するアプリを導入したことである。その主な機能は、①過去14日間の感染者との接触者に対し、SMSなどで医学的な助言が届くこと、②感染者との接触履歴から感染リスクを確認できること、➂匿名データを基に政府がホットスポットを特定し公表することなど。同アプリは11言語に対応しているというのも凄い!アプリを開始すると、利用者の位置情報や他の利用者との接触履歴が、携帯のGPSとブルートゥースを用いて、常にモニターされる仕組みである。現在は国内で空路移動する時など、このアプリをダウンロードしていないと空港には入れないというルールが発表されたが、自分が4月にニューデリーに移動すべくプネ空港に着いた際、スマホでエアチケットを見せる必要はあるが、このアプリのチェックは行っていなかった。
 2020年6月1日からUnlock1.0(ロックダウン解除)が始まった。1週間後の8日からは、レストランやショッピングモールも営業を再開した。これは必ずしも感染状況が好転したからではなく、経済へのダメージと失業者の増大に対する経済対策としての狙いがあったと見られる。この頃には自分はロックダウンの引き篭もり生活にも慣れてきていたので、苦痛はなかったが、やはりショッピングモールが再開したことは解放感があった。何よりも酒屋が再開したことは有難かった。再開初日、買ってきたばかりの冷えていないビールを一気飲みしてしまった。
 2020年6月3日、昨晩は大変なことに!
サイクロンという日本の台風のような暴風雨が襲ってきた。運よくその予報を知人からのメッセージで知らされていたから、ベランダにある、風で飛びそうな小物を片付けたり、ゴミで詰まり易い排水口を掃除したりして万全の構えをしていた。ところが、である。夕方、予報通り暴風雨が近付いて来た。雨は降り続いていたが、大雨でもなかったので安堵していたら、な、な、なんと、夜寝る前になってふとリビングのソファに座ったら、「つめた!」水で濡れている!見上げると天井から漏っているではないか!みるみるうちに雨漏りを受ける容器の数が増えていく。ちょっと待て、ここは11階建てのマンションの10階なのに何で雨漏りすんねん?上の階で大変なことが起きているに違いない。念のために他の部屋も確認すると、ベランダのあるメインベッドルームも天井に水が染み込んできているのを発見。上の階の様子が気になるが、こっちの雨漏り対策が先決。程なくベッドルームも雨漏りが始まり、鍋や釜やタッパーの容器で受けて、深夜まで様子を見てから床についた。その頃には雨は止んでいた。幸いにもベッドはほとんど雨漏りの被害に遭わずに済んだ、と思ったら、翌朝起きてベッドにも天井からポタリポタリ!リビングの雨漏りは止まっていた。これはどうやら上の階の住人が不在で、ベランダから雨水が室内に侵入し、リビングとマスターベッドルームが水浸しになっているに違いないと断定。リビングの雨漏りは外の廊下に面した天井に集中していたので、上の階のリビングにある玄関ドア下から雨水が外に染み出したのであろうと推測、雨が止んだ時点でリビングの雨漏りも止まったと断定。問題はメインベッドルームで、雨漏りは止まるどころか、ますます広がっていく。シンガポールに住む家主にメッセージと写メを送ったら、しばらくして家主から携帯に電話が掛かってきて、事情を説明して指示を仰いだ。何とかしてくれそう。しかし、上の階の住人が不在なら、直ぐの解決は全く期待できない。マンションの管理人が昼過ぎに様子を見に来たがその後は何も連絡がない。落ち着いてはいられないが、ジタバタしても仕方がない。できることをやったら、後は成り行きに任せるしかない。インドとはそういうところである。結果として、管理人が上の階の住民に連絡が取れて、翌日再度こちらの様子を見にきてくれたが、推測通り上の階の家屋が水浸しになっていたらしく、先ずはそちらの手当が先ということになり、いつかこちらの天井の修理もするという説明で納得したが、実は本日2021年6月30日に至るまで既に一年が経過しているが、修理はされていないままである。大家さんもどうしたものか、本人は実際の被害状況を見ていないこともあるためか沈黙している。こちらは生活に特段の支障は無いので、様子見することにした。自分も相当インド人化していることを感じる。

4.コロナで得たこと

 2020年7月2日、この日は石川県の公立小松大学で初めて、日印関係についての講義をオンラインで実施した。本来なら日本に帰国して現地に出向いて実施していたはずなのだが、コロナ禍で一度キャンセルとり、代わりにオンラインでの講義に変更された。講義はお蔭様で好評を得て、今年の7月8日にも昨年同様のオンライン講義が決まっていることは嬉しい限りだ。どんなビジネスでもリピーターをどれだけ確保するかが重要である。
 事実、ロックダウンが実施された3月下旬以降、教鞭を執っていた当地のMIT大学の講義も全てオンライン化されていたし、外部講演も既に数回に亘りオンラインで実現していた。コロナは全ての仕事のやり方を変えている。その変化はある意味では進化していると言えるかも知れない。場所や距離を意識することなく、またお互いの移動時間を無駄にすることなく面談や講演、あるいはWebinarなどを実施できることになったことは、自分にとってはむしろこれまで以上に仕事の機会を得ることに繋がったからである。現実にアドバイザーとしての仕事も増え、インドの大学やビジネス団体や企業からの講演の依頼も増えた。これは予想外のPleasant Surprise(嬉しい驚き)であった。
 実に、昨年の4月から本年の6月末までの間に、日印双方でオンライン登壇した回数は延べ75回を数え、内日本で開催されたイベントが11回ある。コロナのお蔭で色々と得ることも多かったように思う。自分としての最大の成果は、当面の目標でありながらなかなか進展していなかった5kg減量に成功したこと、そして自炊が得意になったこと、昔の友人ともオンラインで旧交を温める機会となったこと、オンラインでの講義や講演にも慣れたこと、パソコンに向かう時間が増えてYouTubeで多くの有益な情報を得たこと等々、コロナ騒ぎが無ければ、決してなし得なかったことが沢山あることに改めて気付かされたことに感謝したい。ロックダウンを良く耐えた自分と、支えてくれた家族や周りの人達に乾杯!!
 2020年8月24日、インドのコロナ感染者累計数が遂に300万人を超え、もうすぐブラジルを抜いて世界二位になることが確実となった。一時は増加のペースが落ちたかなと安堵したが、また増加のスピードが加速し、昨日だけで6万人増加。私が住むプネ市も遂に15万人を突破した。これはインド最大人口のムンバイよりも多い。インド政府は9月1日からUnlock4.0を発令し、一部指定封鎖地域を除き、段階的な経済活動を再開させる方針を打ち出した。
 2020年10月24日、9月の感染増加がピークアウトしたことを受け、10月になり多くの制限が解除された。レストランやモールは再開、映画館をはじめジムやスパなども営業を始めた。新規感染者数は一時の増加スピード(一日9万人!)からピークアウトしたとは言え、増加している状態なので、用心しながら先週末から外出するようになった。マスク着用は当然ながら、サニタイザー(消毒液)は欠かさず携帯する。昨日も約半年振りにランチを外食で済ませた。モールの入口では体温チェックがあり、手荷物は紫外線消毒BOXに入れて消毒されて持ち込む。レストランでは、席に着くと先ずサニタイザーを持ってきてくれる。テーブル席は隣との間隔を広くとってあるが、席にシールドは設置していない。
そして、今日朗報が届いた。ようやくインド政府は外国人に対するビザを解禁したのだ。一部(E-Visaなど)を除いて、「出国したら無効」とされていたビザが全て有効となったので、自分も年末年始には一時帰国しようかなと考え始めていた。日本とインドの航空路線はAir Bubbleという協定に基づいて、週に1、2便が飛ぶようになっていたが、日本政府はインドを安全度「レベル3(渡航中止勧告)」を発令していた。悩ましいのは、インドからの便は東京行きしかなく、到着後の水際対策の一環で行動規制があって、東京から自宅のある奈良まで公共交通機関を利用できないし、到着地での隔離期間があること。この制限が緩和されないと、日本に到着しても14日間はホテル詰めで外出もできないし、奈良の自宅に戻ることもできないのである。
 2020年11月1日、ご縁があり、本日よりインドの著名な法律事務所の一つであるKochhar & Co.の非常勤アドバイザーとして、主として同社のジャパンデスクでの務めを開始することになった。法律には詳しくはないが、日印の双方の仕事文化の違いを知る者として、お役に立てれば幸いである。これもコロナによって得られた新しい仕事の一つである。

5.気分転換も時には必要

 2020年11月13日、インドは今日から年間最大の祭事、ディワリ(ヒンドゥー教徒のお正月)で6連休。大学の講義もアドバイザーの仕事もお休みなので、プネから車で1時間程の、ロナバラという日本では箱根か六甲のような、ちょっとした避暑地リゾートで、二泊三日の骨休めをすることに決めた。何せパンデミックでロックダウンが半年以上も続いていて、本来ならば当地の夏休み(5月から7月)には日本に避暑を兼ねて帰る予定が狂ってしまったので、息抜きをする機会が無かった。明日から、3日間新鮮な空気と森林浴と、何といっても嬉しいのは上膳据膳である。二日目と三日目は当地のホテル内に併設しているスパで、アーユルヴェーダのオイルマッサージでデトックスとリラクゼーションを堪能した。
 2020年12月15日、私が敬愛して止まない溝上富夫先生(大阪外国語大学名誉教授、関西日印文化協会会長)が、当地で私が非常勤講師を務めているMIT World Peace University大学主催の「インド全国教師会議」に特別ゲストとして招聘された。私がお声掛けをして快諾されたので、大学側にも提案し了承されて実現したものである。溝上先生はヒンディー語でスピーチされ、非常に高い評価を得られ、MIT大学総長から、2021年秋の「世界平和会議」へ来賓として招待されたことは予想以上の嬉しい展開となった。
 2020年12月21日、マハラシュトラ州政府は、23時から翌朝6時までの夜間外出禁止令を12月22日から2021年1月5日までの期間について発出した。例によっていきなり翌日からの実施となるが、夜間に出歩くことはないので影響はない。
 2020年12月28日、日本から朗報が届いた。東京大学大学院の留学プログラムに、私が教鞭を執っている当地のMIT大学工学部の学生が応募し、見事に合格したのである。個人的に相談を受けて最初の段階から助言をしてきたので、自分のことのように嬉しく思った。合格した男子学生は、ご多分に漏れず典型的なベジタリアン(菜食主義者)なので、来年9月の日本への渡航までに、日本での生活や自炊についてのアドバイスをしてあげようと思う。その頃には渡航できる状況になっていることを祈るばかりだ。
 2021年1月1日、「新年明けましておめでとうございます。」の祝辞交換をしている中で、以下のようなインドならではの大変面白いメッセージがインドの友人から届いた。
(quote)
Wishing everyone a *Mathematically Elegant* Happy New Year & Decade!
For all the Math lovers among us, some unique characteristics of the New Year, 2021:
2021 is a product of two prime numbers 43 and 47. It can therefore be expressed in the form of (a-b) x (a+b) as: (45-2) x (45+2)
To many 2020 was a partner in crime. But 2021 appears to have a partner in prime — pun fully intended 🙂
*The date 2021 is both the concatenation of consecutive integers (20,21) as well as the product of two consecutive primes (43×47).*
Also, multiplying 2021 by its reverse (1202) is palindrome …. 2021×1202=2429242.
The last time this was the case was 1763, which is 41 x 43.
The next time this will happen is 2491, which is 47 x 53.
*All the best to all of us in this special year of 2021*
(unquote)
このメッセージの意味するところは省略するが、数字に興味のある人には非常に面白い事実であると思う。2021という数字が特殊な数字であることは間違いなさそうだ。こんなメッセージを送ってくるところが何ともインドであると感じ入った次第である。
2021年1月17日、プネに春が来た!ちょうど日本の桜のように、このインドの花(Pink Trumpet)も春の到来を告げる風物詩である。花の種類は桜とは全く違うが、この短命の淡いピンク色の花は遠くから見ると桜を思い出させてくれる。

 (本稿は関西日印文化協会が2021年8月15日発刊予定の「日印文化」インド共和国第75回独立記念特集号への寄稿文の元となる記録の全文を、同協会の了承の下、一部加筆修正して連載するものです。)

 

磯貝富夫プロフィール

 1956年兵庫県尼崎市出身。1979年京都外国語大学卒、同年シャープ(株)入社。2016年シャープ(株)を定年退職するまで37年間に亘りグローバルビジネスに携わり、海外生活は延べ28年。現在は西インド、プネ市在住でインド滞在は11年目。日印関係フリーランスアドバイザーとして、インド企業のアドバイザー業務に携わり、プネ市の私立大学経営学部で非常勤講師として教鞭を執りながら、日本語と日本文化の教育振興にも貢献している。日印の将来の発展を目指して若者間の交流促進に最も注力し、東京大学インド事務所主管の留学生誘致活動である「留学コーディネーター委員会」のメンバーを務めている。今年4月から親日NPO団体であるIJBC(Indo-Japan Business Council)の顧問に就任。

更新日:2021.08.23