ガンディー「知足」の精神⑦

愛の手だてを尽くして改心を求める

わたしは自分自身、地上のどんな生き物を憎むことはできないと考えている。長年にわたる信仰の修行によって、わたしはこの10年あまり、だれをも憎むことはなかった。このように言うと、いささか大仰に聞こえることは承知している。にもかかわらず、わたしはすべての謙虚さをもってこう言うのである。しかしわたしは、悪が存在するところでは、つねに悪を憎むことはできるし、事実、悪を憎む。わたしは、イギリス人たちがインドに設立した政治統治の制度を憎む。わたしはまた、インドにあって一つの階層を形成しているイギリス人の支配的な態度を憎んでいる。わたしはイギリス人による無慈悲なインド搾取を憎むが、それとまったく同様に、ヒンドゥー教徒全般に責任のある忌(い)むべき不可触民制度を心底から憎んでいる。しかしわたしは、高慢なヒンドゥーの支配階級[バラモン階級]の人たちを憎むことを拒否するように、尊大なイギリス人支配者たちを憎みはしない。わたしは自分に可能な、あらんかぎりの愛の手だてを尽くして、彼らに改心を求める。わたしの非協力は、憎悪にではなく、愛に根ざしているのである。わたしの個人的な宗教は、断固として、だれにせよ、他人(ひと)を憎むことを禁じる。わたしは、この単純にして高遠な教義を、12歳のとき学校の教科書で学んだ。そしてその信念を、今日まで心にいだきつづけてきたのである。そしてその思いは、日ごと心につのってきた。それはわたしにとっては、燃えるような激しい情熱である。したがってわたしは、多くの友人たち同様、わたしを誤解してきたかもしれないすべてのイギリス人たちに明言しておく―たとえわたしが、1921年[の第1回非協力闘争のとき]にやったように、彼らと烈しく闘わなければならないとしても、イギリス人を憎むという罪は犯しはしないだろうことを。今後の闘いも非暴力の闘争になるだろうし、公明正大な、誠実なものになるだろう。

(森本達雄 編訳『ガンディー「知足」の精神』[人間と歴史社]、第8章「経済的平等」の実現より)
『サルボダヤ』10月号(一般社団法人 日印サルボダヤ協会、2020年)より転載

一般社団法人 日印サルボダヤ交友会:http://sarvodaya-japan.org/index.php

更新日:2020.12.17